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2013年9月30日月曜日

ほんとうのこと

私が言う「ほんとうのこと」、
これ実は、ほんとうかどうかあやしいです(笑)

単に私が45年くらいピアノをやって来て、今、ほんとうと思っていること、をほんとうのこととしています。

たとえば『奏法』というもの。
私のピアノ人生、世の中では『上手になる奏法』はじゃんじゃん変わりました。
最初は「先生は間違ったことを私に教えてたんだ」と憤慨しましたが(笑)、そうではないのです。健康ブームや速い走り方なんかと同じで、ピアノもどうすれば上手く弾けるか、いろいろな人が研究して分析している結果です。一つを鵜呑みにせず、あらゆるものを知る、人の頭をお借りしつつ自分の頭も使う。そして自分で気づき自分で正す。やっとこれに気づきました。

私は上手になりたいので、いろいろ取り入れて実験しています。なので、もしかして明日になったら、「あれ?違ってた」って言ってのけちゃうかもしれません。とりあえず、今一番いいと思うやり方をしています。

クリエイターとは自分で考える人のことだそうです。
人を信じるのは大事なことですが、「人の話に耳をひらく」と同時に「自分で見つけよう」とする気持ちが、いろいろな人のアドバイスを活かすと思います。自分で本を読んだり講座に行ったり考えたり実験してみて下さい。

人によって体格も手の大きさも感性も頭脳も運動神経も筋力も柔軟性も違いますよね。
クリエイターになりましょう!

2013年9月29日日曜日

ピアノを人に聴かせるとは?


あたふたしてて前回のブログ記事を削除してしまっていました。
皆様懲りずにお越し下さって有り難うございます。

人に聴かせるピアノは1でもいいんです。
10のピアノや100のピアノでなくても、ささやかな1を「これがわたしです」と堂々と見せて下さい。

以前、練習しなければピアノは趣味にもならないと書きました。1を練習し続ければ立派な趣味です。ピアノを始める方すべての人が『アヒルのがっしょう』以上のものを弾きたい野望を持っているので、まるで「アヒルのがっしょう」じゃ悪いみたいになっちゃいますが、コードを工夫すると、とびきりの「アヒルのがっしょう」が出来るはずです。「アヒルのがっしょう2013」とか日記代わりに作ると毎年進歩しそうです。(ちなみにドレミファソソソ×3+ソファミレドドドがアヒルのがっしょう全曲です)

なぜ1でも聴かせた方がいいかというと、1という自分を人に応援してもらうためです。「1がいっぱいいっぱいです」と自分を晒して弾いている人と、それを横目に「本当は家で100弾けるんです」と弾かない人のどちらを応援しますか?音痴だった私は始めての声楽のレッスンで「音程であなたの人格を判断しないから安心して」と言われ安心しました。長所のたくさんある皆様のこと、なにもピアノごとき絶賛されなくたってへのかっぱです。
私自身、最近読んだ「若いピアニストへの手紙」(ジャン ファシナ)という本に、「気取りをぬぐい去って本当の自分自身をどれだけ人前に出しているか、、、」という一文に反省の極みです。

1でも人に聴かせて応援してもらえる、アマチュアの方はこれが最大の特権です。
それで失業するリスクだってないんですから(笑)






2013年9月27日金曜日

ピアノをはじめたい方、やめようと思っている方

「簡単に弾けちゃう!」の誘い文句に乗ってピアノを始めてはいけません。それを信じて始めてしまった方にはお気の毒ですが、ピアノは簡単に上手にはならないんです。

もし「簡単に弾けるなら」始めようと思っている方がいるなら、「簡単に弾けるのは『アヒルのがっしょう』と『たのしいおどり』までですが、いいですか?」と教えてあげたいです。

すでに始めてしまって「簡単に弾けると思ってたのに〜」とがっかりしている方は、「難しい」と考えを改めるところから始め、そうと知った上で、思い直してやるか、難しいからやめるか、です。もし「自分は才能がないから難しい??」と思っていたらそれは誤解で、人間全員難しいので、安心して続けて下さい。

私は日常生活で失敗ばかりしているので、人には「頑張れない種類」がある事を痛い程良くわかってます。私は、ピアノは努力と運のみでここまで続いたけど、日常生活は頑張れない、そう考えると人によって頑張れることは違うのだと思います。

なのでピアノを始める方、始めた方全員にピアノを頑張れと言うつもりはさらさらないんです。ただ簡単に上手にはならないことは事実として知っておいて欲しいと思います。ピアノが簡単だなんて言ったら私の人生詐欺にあったようなもんです。

じゃあ「難しいということはわかった、でも頑張れない、でもやめたくない」

人はどうすればいいでしょう?

もう答えは出ていますね。難しくて、しかも頑張れないのにやめたくない。。。
それはピアノが大好きだからですね。この一言に涙するくらい。

私の経験からすると、ピアノの神様は何気なく上手に弾いてくれる人より、一生懸命思いを寄せてくれる人の方が好きな気がします。簡単に落とせる女だからと言い寄られたら気分悪いですもんね。フフ。付け加えるなら、私はピアノが好きなのに『上手にならなくていい』と思っている人がいるとは思えない。好きな事なら、今1なら2になりたいのが自然です。だから、上手にならないとやめたくなっちゃうのでは?私は「上手になりたいです!」と声を大にして言っています。その方が、ピアノさんも応えやすいと思って。あー、もしかしたらこれがいけないのでしょうか?「好きだけど遠くで見てます…」がやまとなでしこですよね。上手にならなくても楽しいというのが一番純粋なピアノへの愛かもしれませんね。そう、私は欲のかたまりです。

私のように欲深くて、上手になりたいのに上手になれない方が出来る唯一の事は離れないこと。始める方もここだけは肝に銘じて下さい、欲深い方は必ずやこれを思う日が訪れますので(笑)。そうしたらすでに出来ている1を大切にすること、1出来ることに感謝して味わうこと、恥ずかしがらず1を人と共有すること、次に理想を持つこと、理想に一歩でなく半歩だけ近づこうとすること。

こんな風に書きながら、やっぱり日常生活頑張れる人が一番うらやましいよな、と今日も思います。











2013年9月26日木曜日

曲選び

大人の方から「部分練習や片手練習をしてるのに通すと弾けません、どうしたらいいですか?」と聞かれます。

ズバリ、曲が難しすぎます。大人は理解力があるので、頭で読める楽譜を弾けるものと勘違いしてしまいます。書類を作ろうとしてパソコンで入力するとき、一つ一つキーボードを確認しながら

今度、ピアノ  の (えーと) 弾き   合い  会    を   (んーと)やる  ので   着て(あ!違う)
 来て    下さい 。

と打ってもちゃんと書類は出来上がりますが、ピアノは上記のようにいちいち切っていたら、曲にはなりません。大人の方は、この入力状態を「自分に可能な曲」と認識してしまいがちです。でもピアノはいちいち切らずに

今度、ピアノの弾き合い会をやるので来て下さい。

としないと。。これが出来ない曲だったら、その曲はとりあえず今はあきらめましょう(バッサリ)。弾きこなせちゃえば楽譜にカタカナを書いてもOK。危険なのは

今度ピアノの 弾きあ   いかいをやるのできてく   ださい。とか

こんピアノのの弾き弾き合い をのさい。とか

それらしく?弾けていると思い込んじゃう事です。

弾けた、と思ったら、自分のピアノを録音して聴いてみてください。録音となると緊張して弾けない場合は、既に弾けてないって事です。次に、一人で弾けたら人前で弾いてみる。人前で弾けなかったら、やっぱりまだまだ(笑)。もう一度猛練習して挑むかレベルを下げる。練習では出来るのに、、、あがってしまった、、、人前で弾くのは向いていない、、、恥をかいた、、、練習して損した、、、楽譜買って損した、、、って残念なことが続くのは、その曲を弾く実力がないからです。自分が実力以上の事をしているのを思い知ることが先決です(ここまで言う、、)。

でも不思議な事に、弾いてはあきらめ、レベルを下げるという無駄骨を折り続けていると、曲選びが出来るようになって来ます。
まずは、簡単すぎるくらいの曲を数をこなして、きちんと弾く。たとえば、長くない「弾き合い会に来て」とアレンジされた曲でいいのです。無理に長くするより伝わります。
これが出来たら、レベルアップしたものを失敗を覚悟で弾いてみる。人前で失敗する事は反省のチャンスと思う。同じ曲を何度も、何年にもまたがってやり直す。でもその間に自分の実力通りの人前でこれなら弾けるというのは必ずキープしておく。

こんなめんどくさい事、やるだけの価値があるのがピアノです。















2013年9月24日火曜日

五感を鍛える


ピアノをより楽しむために音楽全般、音楽だけじゃなく芸術全般を学んだほうがいい、と言うには理由があります。


創作というものの根っこは一緒なので、たとえば陶芸という花やお料理という花を鑑賞すると、同じ根っこから出ているピアノの花が理解しやすくなるということです。

「サロンの会」という、素晴らしい会場で素晴らしいお料理をいただく贅沢なピアノ発表会をしていますが、「別にグルメじゃないし、私はピアノを弾きたいだけだから、お金かけて遠くまで行かなくても、近くのフツーのスタジオで充分、スタジオなら同じ金額で2回分」って思う方もたくさんいらっしゃるでしょう。なぜその必要があるのか。

一言で言うなら、「感動」を五感で感じる練習です。
先日も「美味しいものがわかるには美味しいものを食べる」と書きましたが、いいものがわかるにはいいものに触れないとだめです。そして、ピアノは一流、他の感性はナシ、ってことはあり得ないんです。繋がっているので。

素晴らしい演奏を作り上げるのに時間と努力が必要なように、会場、料理は目で見て舌で感じられる時間と努力の結晶です。そこにはその道のプロフェッショナルが関わっています。素晴らしい会場とはただの箱ではなく宝箱です。庭は造花じゃないし、インテリアは100均じゃないし、自分では到底買えないものが揃っていて、素晴らしいお料理はスリーズドライでもレトルトでもない。

何もフレンチのフルコースが一流で、家で食べるお米とお漬け物のご飯が三流なのではありません。ただ技を磨き上げるとはどういうことか、プロの仕事を見てみるということです。

最近安価なフランス料理店が流行っているようですが、安いのにも高いのにも全部理由があります。高いレストランが高いのは、テーブルクロスも椅子も食器もカトラリーも飾ってある絵画もお店の方のサービスも、一つ一つが芸術で、お店全部が総合芸術だからです。敷居が高くても敷居を超えないかぎりそれは自分のものにはなりません。

ピアノを弾く技術は「こう弾きたい」という理想に付いて来ます。「こう」と感じるのはただピアノをがむしゃらに弾く訓練ではなく、五感を磨くことで生まれて来ます。

料理のように具体的な「見た目がキレイ、こんな調理法があるんだ」という感動は、ピアノのような抽象的な「きれいな音、凝ったフレーズ」より、だんぜんわかりやすいのです。ドビュッシーの「アラベスク」は「くねくねしている模様」のアールヌーボー絵画やガラス器を見ると「これのこと?」とわかりやすくなります。


「なんてきれいな」「なんておいしい」そんな単純な経験を沢山積み上げて下さい。
必要な技術とはそこに近づこうと磨かれて行くものです。高尾山の頂上に憧れるのと富士山の頂上に憧れるのでは、普段のトレーニングも変わって来ませんか?



2013年9月23日月曜日

アルテ交流会 ご参加有り難うございました

第1回アルテ交流会が終わりました。

「アルテ」とはイタリア語で芸術の意味です。
今回は朗読、クラリネットの方が各1名、楽器はやらないけど音楽大好きな方3名、あとは25名ピアノの方でした。ピアノを深めていきつつ、他の楽器や異分野芸術の勉強や交流も目指していきたいと思っています。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。


今回の内容はまず室井先生の演奏会のミニ上映会。
生の音にはもちろんかないませんが、映像だから手元がばっちり、先生のお話もお顔アップで聞けるという大きなメリットがありました。当日は聞き逃していたこと、こういう風に弾いていたんだ、という箇所が何カ所もありました。初めての方も演奏会を聴いた方もどちらも大変いい勉強になりました。

〜会の説明が入って休憩〜

藤田幹氏のピアノとトーク。
ジャズを弾いてみたいという方は沢山いると思いますが、今回は同じメロディーに左手の和音だけを変えて行く手法で、せつなくなったり、たかぶったりという感じを実演を交えて語っていただきました。とっても好評で「もっと聴きたい」というお声を多くいただきました。プレゼンではとりあえず皆様の新しい扉をコンコンとノックします。ご興味のあったプレゼンは、ぜひ改めてじっくりセミナーで学んだり、聴きにきてください。

最後に座談会。
4グループに分かれて今やっている活動を自己紹介したり、目指しているもの、今後やっていきたいものを話しました。具体的にこれをやりましょう、まではいきませんでしたが、同好の仲間と悩みを共有したり、理想を共有したり。和気あいあいと大変盛り上がりました。

そのあとは飲茶ランチへ。
話足りなかった話の続きに花が咲きました。

遠くからいらして下さった方、成田から直行して下さった方、お忙しい中ご出席下さった方、そしてお世話役をして下さった方、皆様本当に有り難うございました。

                               直井紀子






2013年9月22日日曜日

ピアノの聴き比べ


先日、上手な人の演奏になるとちゃんと弾けているので、いい演奏とそうでもない演奏のどこが違うかわからない、と聞かれました。

「いい演奏はクラッシックがわからない人にも響く」なんて言われると、益々プレッシャーですよね。響かない自分はおかしいのかって。


いつも引き合いに出す外国語ですが、音楽は外国語です。外国語でどんなに感動する話をされても内容はわかりません。けれど映画で泣いている俳優、笑っている俳優を見ると言葉がわからなくても感情が伝わります。これを俳優でなく一般の人がやったら、そんなに伝わらないっていうか、わざとらしくて涙が乾くっていうか、、。

俳優さんの中にはセリフは棒読みなのに、なんかいい、って人いますよね。伝わるってありますよね。なんでだろうって考えました。
セリフだから言葉は決まっていて、勝手に言葉は変えられない、けれどそのセリフの感情を心から理解していて、そのセリフを言わずにはいられない心境になっている。その心境で放たれた言葉は、セリフかもしれないけどセリフでない。

結局「演者が自分の言葉で言っているかどうか」が鍵の気がします。

手順としては、クラッシックは曲が複雑に出来ているので、まず何回も聞いてその曲を覚え(外国語の映画を見るのと一緒です)、そして演奏家ごとに比べる。いっぱいいっぱい聴き比べると、演奏者がどれだけ真摯にその曲の心境を理解しようとしているか、見えて来ます。通り一遍セリフだけ言ってる俳優あり、上辺だけ涙を流して悲しみを訴える俳優あり、悲しみをこらえる俳優あり、というように。音楽は見ることでなく聴くことなので、耳を澄ませて下さい。大きい身振りをつけるピアニストより、淡々と弾くピアニストの方がいいことってよくあります。

弾くのも練習ですが聴くのも練習です。

今日、「美味しいものを食べたことがない人は何が美味しいかわからない」という話を聞きました。美味しい音楽をいっぱい食べてください。



2013年9月19日木曜日

読んで下さっている方へ


いつも読んで下さっている方、
初めて読んで下さった方、
たまに読んで下さっている方、どうもありがとうございます。

いつもどんな方が読んで下さっているのかなあ、と思います。
実は、恥ずかしいので生徒さんや友人には、このブログの存在を自分からあまり話していません。
私は、真面目じゃないのに真面目なので、言葉で上手く言えなくて、こうして書いたりピアノを弾いたりしている気がします。


言葉を濁して何が言いたいのかわからないのでは、意味がないのでストレートに書いていますが、ピアノを学習中の方は「そんなの絵に描いた餅だ」「素人には無理」とか、
同業のピアノの先生たちは「そこは違うんじゃない?賛成しかねる」とか、
読んでいただいている数少ない生徒さんの中には「先生はどこに行きたいの?」とか
きっと色々ご意見もあると思います。

私の尊敬する方が、以前「仕事は仲良しクラブじゃない。同僚ではなくお金を払ってくれてるお客さんに誠意を持たなければいけない」と話していました。(ちなみに、この方は同僚から抜群の信頼を得ています)。ともすると、上司、同僚仲間など身近な人に気を遣うあまり一番大事な事を忘れてしまいます。クレームの多い人に妙に媚びたり。私はよくありました。

じゃあ、ピアノの先生として一番誠実な事って何?って考えたら
「生徒のピアノを上達させる事」に尽きると思います。

はじめてピアノの会は「音楽を通じて芸術を知り、それによって人生が豊かになる」ことを目指していますので、一見「ピアノの上達」にはこだわっていないのです。

しかし、この矛盾しているようなこと、「上達」の意味が違うだけなんです。
昔は、生徒さんのお母様に「うちの子、全然上達しませんね」と言われるとギクってしていましたが、今では「なるほど、実感が伴ってないんですね、でもこんなところが上達していますよ」と言えるようになりました。上達は指が動くだけでも楽譜が読めるだけでもない。

ピアノを弾くということは「音楽を理解して表現する」ことですが、理解するというインプットの段階は目に見えないのです。そして理解することとは、楽典や作曲家の生きた時代を勉強することでもあるのです。「レミゼラブル」という映画がありますが、主人公を演じるのに、フランス革命後の貧しさ、という時代を知らずには絶対できませんよね。また映画を見る側もそこをスルーされたら、感動半減ですよね。

理解出来れば出来る程「上達」=「楽しみ」は上がると思っています。お一人お一人のピアノの楽しみ方は違うかもしれませんが、私が知っているピアノの楽しみはそれこそここをスルーする訳にはいかないので、とってもしつこく語ってしまう訳です。

もちろん指の動きが基本であることに違いなく、この部分のしつこさも外せません。
親御さんがお月謝を払うのはこの部分に期待していることも大事なことです。

というわけで、私なりな誠実さを持って、心を開いてそのままの気持ちをブログに書いています。

お目にかかれる機会がありましたら、お声掛けてください。
とっても真面目なので、反対意見も真摯におおいに参考にさせていただきたいです。



2013年9月17日火曜日

自己満足

今日生徒さんと話して、そうか、、、と思ったことがありました。

「人によってピアノって、発表の場がなくても、上達しなくても、自己満足でもいいんだと思う」


そうなのか、、、と思いました。

そういえばこの間ある社長さんが「以前は頑張らない人はさぼっていると思っていたし、頑張る人を評価していたけど、最近は皆が皆頑張れるわけでもないし、皆が皆頑張らなくてもいいんだと思うようになった」と話していました。

私は昔から変に突き詰めてしまう癖があって、ピアノは勿論なんでも「問題に向き合わなくてどうする!」って、やっちゃうんですね。自分がやる分には構わないけれど、人にそれを求めてはいけませんね。

「ピアノを頑張りたい」と思う方のお手伝いはしつつ、そうでない方にもその人なりの楽しみ方、生き方があることを忘れずに、頑張ることを押し付けないようにしようと思いました。








2013年9月16日月曜日

くだらないこと


高校の英語の授業中、隣の席の友人の話に笑いが止まらないでいたら、先生に「お前は寝ているか笑っているかのどっちかだ!」と怒られました。中学のときにも、「何がそんなに面白いのかみんなの前で発表して下さい!」と家庭科の先生に怒られました。


一つの笑いが長持ちするというか、笑いが治まる頃もう一度反芻して可笑しくなって、別の日に思い出してまた可笑しくなって。。

最近可笑しかったのは、「あまちゃん」で古田新田さんがやった「生まれたての子鹿の脚」(笑)。あれはもう(笑)

あと、母が体操教室でやっているらしい東北弁の「ラズヲ体操」(笑)。「イッヅヌーサンスイー、手さ上げて〜」とか言うそうで(笑)、、、。母はコーチに「号令お願いしま〜す」と言われ「イッヅヌー」と言わなきゃいけないのかと慌てたそうで(笑)。

くだらなくてすみません。
私の頭の中、ピアノが1とするとくだらないことはその100倍です。




2013年9月15日日曜日

ピアノという芸術


ピアノという楽器の芸術っぷりについてもう少し。

ピアノの最大の芸術性&魅力は「不安定さ」だと私は思っています。

電子ピアノは、まだタッチの確立していない子供が弾いても、フルコンサートグランドピアノをホールで弾いた響きが出ちゃいます。けれどピアノは練習しないといい音は出ないし、そのときによって音が変わる、怒っていたら怒った音、湿気の多い夏はべたべたした音となってしまいます。これは、あたかもマイナス要素的ですが、いつもいい音という平均がない代わりにとてつもない美しさを持つのです。

そして電子ピアノのドの音はドの音でしかないのですが、ピアノには木や弦の音が加わり
揺らいでます。私はこのアコースティックならではのなんか不安定さが好きです。ピアノは弦楽器や管楽器のような揺らぎはないですが、他の楽器にはない「ポトン」とか「コロコロ」とか「りーん」みたいな音があって、上手な方の演奏は、ほんとに音が「ド」とかの音程とは違う別の意思を持つ気がします。

音楽の良さはメロディーの良さという意見は当然で、作曲家は偉大に決まってます。が、
この不安定な美しさは弾く人によって格段に違い、これは演奏家の努力の結晶です。素晴らしい演奏家とは「あんなに指が動くなんて」とは違ったすごさを持っています。「いい曲ね」だけではないピアノの芸術を味わいに、ちょっとお金を出してコンサートにも行ってみて下さい。


ピアノと電子ピアノ

電子ピアノとピアノは目的が違います。


メロディ、ハーモニーを楽しむためだけなら電子ピアノ
それ以上の、言葉で言えないものを求めるならピアノ(笑)

言葉で言えないなら書くなって言われそうです。
ピアノの魅力は「音色」とよく言われますが、一言でそうとも言えないのです。
そこでそれがズバリ実感出来るのが、それぞれの楽器作製の行程の違いです。
ピアノを作る行程を知ると電子ピアノとピアノは別物で、それは違う目的のためなんだと実感します。

私は陶芸は出来ませんが、ちょっとかじったときに「深すぎる。これは趣味では出来ない」と慌てました。どんなお湯飲みでもお茶は飲めるし、充分美味しい、充分なのにいいお茶碗を作るのが陶芸です。つまりいいお茶碗にはお茶を飲むときに「美味しい」以上の付加価値が加わりまくるという事です。

もちろん電子ピアノはとても便利で、これを発明、開発して下さった方には、感謝と敬意を払うことに違いなく頭が下がります。本物の陶器のような「割れないお茶碗」が大量生産出来るようになったようなもんです。しかし、ピアノの制作は木を植えるところから始まるという、なんとも壮大なドラマを持つのです。しかも熱帯でただ大きくすればいいって木ではダメなんです。

そんな風に作られるには意味があります。なぜそれだけの事をするか、それだけの違いがあるからです。言葉では言えないすごい事が(笑)。そう、電子ピアノとピアノ、目指す場所もたどり着く場所も違うのです。どんなお茶碗でお茶を飲むか、陶芸や茶道の道たるゆえんがあるように。

「百聞は一見にしかず」、歴史的ピアノを見たりピアノの構造を学んだりすると、ピアノはとてつもない芸術だったんだと、腰を抜かします。










2013年9月10日火曜日

角先生「ピアノがうまくなるにはワケがある」

ずっとあたためて来た角聖子先生のピアノ&トークコンサート開催が決定しました。

来年1月16日(木曜日)14:00杉並公会堂です。

角先生と言えばNHKの「お父さんのためのピアノレッスン」で有名なピアニスト。
大人のピアノレッスンの先駆者であり、今では当たり前になっているピアノのブラインドタッチやナチュラルポジションを初めてメソッドとして提唱されたピアノ教育の第一人者です。角先生の近著「ピアノがうまくなるにはワケがある」は、ピアノ学習者もピアノ指導者も必ず一度は読んでおきたい1冊です。

角先生はピアノ指導者向けのセミナーは沢山なさってますが、セミナーを受講するたび、生徒さんやピアノ愛好家の方向けのトーク&コンサートがあったらどんなにいいだろう、と考えてました。

なので!
今回は、ピアノはどうしたら上手になるの?と悩んでらっしゃる生徒さん、どうしたら生徒を上達させられるの?と勉強している先生、そしてピアノを弾かないピアノ愛好家の方にいらしていただけるトーク&コンサートとなりました!ワンランク上のピアノの楽しみ方を聴きにいらして下さい。

昨日打ち合せに伺いましたが、絶対楽しく勉強になるコンサートになること請け合いです。詳細はまたお知らせします。お楽しみに。






2013年9月8日日曜日

音楽ボランティア

せっかく弾けるピアノ、何かに役立てたいなと思ったら音楽ボランティアがおすすめです。

施設などで右手だけの童謡を弾くだけで喜んでいただけます。音楽朗読などで、ちょっと効果音みたいに弾くのもいいですね。演奏力は置いておいて(笑)音楽の力で人様のお役に立てます。上手になるならないと悩むくらいなら、今出来る事をしてみて下さい。私もヘタですが「こんな私の音楽を喜んでくれる人がいる」と思うと続けたくなります。そして喜んで下さる方のために「もっと上手になってまたよろこんでもらおう!」と頑張れます。アンパンマンの作者やなせたかしさんの詩が大好きです。やなせさんは「人に喜んでもらう事が人にとって一番の喜び」と言っています。

もう忙しくて忙しくて時間がないという方は難しいかもしれませんが、時間はあるけど心が荒んでこっちがボランティアして欲しいくらいだよっ、というかたは一度やってみて下さい。聴いていただく対象者によっては感情を表してはもらえないかもしれませんが、私の経験からすると、本当にこちらがボランティアしてもらったように、暖かい感謝の気持ちでいっぱいになります。









2013年9月7日土曜日

ピアノ弾き合い会 開催!

ピアノ弾き合い会を開催します。
ふるってご参加下さい。


日時   10月13日 日曜日 午後1時から 
場所   都内 
ピアノ  KG2C
参加費  アルテ、ピアノサークル会員1100円/非会員1400円
その他  ピアノ講師のワンポイントアドバイス、Q&Aレッスン付き


ピアノを始めたばかりの方からピアノ歴の長い方まで、レベルに関係なくご参加出来ます。いろいろなレベルの方が集うのがこの会のいいところです♪。当日のピアノはちょっと古いピアノですが、共鳴弦のない重みと深みのあるカワイのグランドです。普段人前での練習が少ない方、発表会前のリハーサルに、人の演奏が聴いてみたい方、独学の方、単発で、、などなど秋の午後に普段とは違う練習をお楽しみ下さい。弾かない方も同額です。
演奏の良かったところ、こうすればもっとよくなるなどのワンポイントアドバイスと、質問疑問にお答えするミニコーナー付きです。お悩み相談も良し、今更聞けないご質問もどうぞ(笑)

場所と担当講師はお申し込みの方に後日直接お知らせします。

お申し込みはこちらから
info@hajimetepiano.org


2013年9月6日金曜日

コンプレックスの克服


何か問題が発生したとき、問題の解決より、それに伴う自分のコンプレックスが露呈することをまずは避けようとしていることに気づきました。でも、そうすると、もう一段階問題が深くなることにも気づきました。

なんだか問題って、コンプレックスの克服法を探るために起こる気さえします。


話は変わりますが、先日、ある辛辣なコメンテーターが「私は子供の頃、協調性がないと言われていたが、大人になってわかったのは、協調性とはレベルの低い人に合わせろってことだった(笑)」と言ってました。ジョークですが、ちょっと確信をついていてドキッとしました。自分が出来ないとき、みんなも出来ないで欲しいと思ったり、しない方向にいってほしいと望んだり、そして希望通りみんなも出来ないとほっとしたり。たまに、それをしない方向に持っていってくれる人がいると、神に思えました。

しかし、だれが何を操作しようとも、コンプレックスが露呈されるまで、コンプレックスを証明させられる事態は起こるような、、、。

私は、あるシビアな問題が起きたときに「問題の根底は、自分を隠すことに必死になっていることかも」とハッとしました。頑張るものが違っていたんですね。その時「今やるのはそんなことじゃない」って気づいただけで、なんか新しいステップを踏んだような、肩の力が抜ける経験をしました。

ピアノのグループレッスンをしていると、個人差がとてもあるので、コンプレックスを感じてしまう方がいます。でも、こちらからするとピアノには競争する部分がそもそもないので、それは無駄なコンプレックス。「私、こんな事すら出来ません」と言ってしまった方が、絶対楽だし、気楽に学べます。逆に自分はあの人より上手と思っている人がいたら、ピアノに求めるものが間違っていると言えるでしょう。そちらの方が深刻なコンプレックスを抱えているのかもしれません。

コンプレックスは永遠になくなりません。だからコンプレックスの克服は目指さない。
私も気づいただけで、全然コンプレックスを克服してはいません。ただなるべく隠さない、そして、その自分のコンプレックスがある分野をかわいがる。褒めて育てるはコンプレックスも同じ?というのが今私のたどり着いているコンプレックス対処法です。

その人が頑張っているってわかるとみんな優しい気持ちで迎え入れてくれます(笑)。人って思ってるよりずっとやさしい。逆に、そんな人だけいてくれればいい、自分のコンプレックスを嫌がる人はいなくていい、と思うと、隠す事に必死にならないで済み、そのエネルギーを他に使えます。




2013年9月5日木曜日

人は表現したい

人間は表現したい生き物、、、

そんな話を聞いて「そうそう、絶対そう」と思いました。


人前でパフォーマンスする事が苦手という人も沢山います。私もその一人です。でも、仕事とか得意な事とか役割とか関係なく、本当は人間は表現したいという欲求を持っている、と思います。ただうまく出来ないから、したくない、しなくなる。。。

うまく出来ない事をもし誰にも責められないなら、きっとみんな人前で表現したいって、私は思うんです。
もしうまく出来るならやるんだけど、って思うてことは、元々表現したいってことなんです。
人はどこかでやっぱり主人公になりたいんです。
どんなに引っ込み思案な子でも小さいうちはみんな発表会に出るのが好きです。

うまく出来なくても表現しませんか?
ハリウッドの主役は無理だけど、ちいさなその時間だけ、
自分のために、主役になる時間を作ってあげませんか?

2013年9月1日日曜日

ピアノの道は2つに一つ

ピアノを続けていくには道は2つに一つしかないと思っています。


1、練習はそこそこ、上達はそこそこ、楽しみはまあまあ

2、めんどくさい練習を頑張る 少しずつの上達 深い楽しみ



1、全然悪くはありません。が、「そこそこの練習でどうしたら弾けるようになるか」の  質問に私は答えを持っていません。今の自分に出来る事を楽しみましょう

2、めんどくさい練習をしたからって必ずあのあこがれの曲が弾けるようになるなんて保
  証はありません。最後は個人差です。でも今何もしない自分より2年後の自分は確実
  に上達しています


断っておきますが、めんどくさい練習が好きな人は一人もいません。4番の指が強い人間がいないのと同じです。1、2のいいとこ取り、練習はそこそこで飛躍的に上達してとっても楽しい!!こんな夢みたいな話、出来るのは天才だけでしょう。
(でも練習そこそこの天才を見た事ありませんが)

ピアノって、趣味でも仕事でも、この1、2は変わらないと思ってます。