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2014年6月30日月曜日

職人

面白い話を聞きました。

建具職人の親方さんに聞きました。
職人さんがお客さんの前でちょっと首なんかかしげると、お客さんは不安になって変なところがあるんじゃないかとじろじろ探し始めるそうです。
またお客さんがじろじろ見ていると、自信のない技術のない職人さんは変なところがあったんじゃないかと、ちゃんと出来ているにも関わらず見られてるところをカンナで削りだすんだそうです。

笑いました(笑)。すごいありそうで。
親方さんの話は、自信を持つことと自信を裏付ける技術を持つことが大切だという話でした。

親方さんは、弟子たちにもし間違ったことをしたらごまかさず本当のことを言え、人間なんだから失敗はある、でもプロなら次からは失敗するな、失敗しない技術を身につけろと言っているそうです。ほんとにその通りですね。人間は相手がわからないんじゃないかと思うとごまかしたり、失敗してそれを周りが許してくれると、今度はそれに甘えて同じ失敗をしてしまいます。でもそれをしていると、いつまでたっても技術が身に付かない上自信は全く持てないでしょう。そんなことでは削りに削ってモノがなくなります。

お客さんを安心させられるのは、技術という裏付けがあってこその自信だと精進する大切さを思い知りました。
言い訳とハッタリには自信のある私ですが、もっと技術に自信を持てるよう頑張ります。





2014年6月29日日曜日

天賦の才能

皆様には天賦の才能といえるものがありますか?

私には天賦の才があります。
計算高さです。
計算していないのにさも計算したかのように、お金でも人間関係でも損得勘定がなされています。
私の計算高さ具合には目を見張るものがあります。
全く意図的でなく計算されています、気づくと。

ただし、一つ落とし穴があって
「がっつり得をしよう」とするとこの天才的な計算高さが鈍り失敗します。
欲をかくとこの天才性が発揮できません。

私のように天賦の計算高さがあっても欲深いと失敗します。
きっとわたしのように天賦の計算高さがない人間は欲をかくと散々でしょう。
でもそういう人も別の天賦の才能があって、それを自然に働かせると天才性が発揮されるのではないかと思います。
でもいくら天才的でも欲を出すと、やっぱり同じで上手くいかないんじゃないかと思います。

きっと才能ってそうなんですね。悪用しようとすると神様から「違うよ」って教えられちゃう。
「神様が降りて来る」ってその人のためじゃなく他人のために与えられたものなんじゃないかと思います。
あれはきっと人のために使うもの。

音楽やら絵画やらの才能がある人はうらやましいけれど、それは自分がいい思いすることとは別なものかもしれない。
人のために授かった能力、、、。
モーツアルトもショパンもリストもみんな人のために使って死んでいった気がしてきました。
う〜ん、自分が得しないなら、たいしてうらやましくもないかも。
天才的に計算高い私はついそんな結論を導いてしまいます。

2014年6月27日金曜日

かた苦しくない

こんばんは。
今日もお越しいただき有り難うございます。

ピアノが下手だと言うと謙虚だと思われます。
謙虚でなければ戦略かと思われます。
自分を卑下している人間かと思われる事もあります。

謙遜でも戦略でも卑下でもありません。
単なる事実です。
ほかにも色々困ったことはあって日々落ち込むことも多いし
変われるのなら変わりたいところです。
テキパキ生活している方、美人でさわやかなひと、上品ですてきな奥様、仕事のできるかっこいい女、子沢山のお母さん、頭の回転が早い人気者、
物静かな可愛い女性、モテモテの色気たっぷりの悪女、、、
あんな風に生まれてみたかったという人たちを挙げたらキリがありません。

話は変わりますが、クラッシックには型があります。
私の好きな短歌も定型詩です。
私は駅のホームでは並ばないといけないことを2年くらい前に知りました。
それまでなんで並んでいるのかわかりませんでした。
それが日本人の美徳と知りました。
こんな私の性質がこの定型と結びつかないと言われます。
いいえ。私はほんとうは型が好きなんです。
そしてそれは型を堅苦しいと思っていないからです。

人間てもともと「自分」っていう型がもう決まっちゃっていますよね。
努力で何とかなる部分と顔とか生まれとかどうにもならない部分が型。
自分という型の中で上手く楽しくやるには
型を受け入れることから始まるのかなと思います。


自分がぐうたらでピアノが下手なのは、サッカーは手を使ってはいけないとか短歌が五七五七七と同じようなもんです。
そういう中でいかに生きるか、ピアノを弾くかです。
日本人で今の時代に生まれてここに住んでいて、、、という沢山の型の中でやるからこそ
自分だけの楽しみがあるってもんです。
最近は「ホームできちんと並んでいる自分」というのを楽しんでいます。






2014年6月26日木曜日

気楽に弾く

「弾けない日は固く考えず気楽にやればいい」


10年早いです。
なめてます。
天才のセリフです。
弾けなくてもいい人のセリフです。
弾いたことがない人のセリフです。

今日は夜練習できないと思ったら朝するのです。
夜友人と突然一緒にお夕食食べたいと思っても朝弾いてきていなかったらピアノを弾くために帰るんです。
朝も夜も出来ないと思ったら、途中家に帰って、帰れなければ近くのスタジオでピアノを借りて弾くんです。
旅行に行くんだったら行く日に弾いていって現地でピアノを借りて弾いて帰って来た日に弾くのです。
そもそも旅行は行ってはいけません。

これが凡人が弾きたい曲を満足いくよう弾けるようになる道です。
凡人が満足できるピアノを弾けるようになりたかったらたゆまぬ努力です。
そのくらいピアノは難しいです。

これが出来ないなら、
「このくらい弾けて嬉しいなあ、楽しいなあ、ピアノやっててよかったなあ」と足るを知って感謝して楽しむことです。
上記の努力はせずに軽々しく「練習してるのに弾けない」などと言ってはいけません。
思い知ってください。











2014年6月25日水曜日

どんなに頑張っても

サッカーのワールドカップで内田選手が
「実力はわかっていた、その結果が出ただけ。4年間の努力は報われなかった」というようなことを言っていました。


せつなさと深い感慨を感じました。
私たちアマチュアが本番で失敗して「あんなに練習したのに」「練習では出来ていたのに」というのとはわけが違うと思いました。
内田選手は以前はほかの選手のように「努力が足りない」と言っていました。
でもその選手が4年間を経てもう一度努力が足りなかったとは言いませんでした。
「努力は報われなかった」と言いました。

ポジティブであることはいいことです。
でも現実は現実です。
無理は無理です。
持ち得ないものは持ち得ないのです。
そんな言葉が隠れている気がしました。

一流のなかでの挫折。
三流の中での挫折。
五流にもなれない挫折。
人並みにもなれない挫折。

どの挫折が一番打撃が大きいかはわかりません。
浅田真央さんはフリーで努力が報われたと言って日本中が感動しました。
それと同じに「努力は報われなかった」ってほど努力をした人たちの挫折が
その感動に値する尊いものであることは確かです。






2014年6月23日月曜日

はじめてオペラを観る会

まったく学術的でない井戸端会議の延長の
素人のクラッシックを愉しむ会です。
アカデミックなものを求める方や難しい質問をされる方に参加資格はありません。
素人の方、ぜひお越し下さい。


「はじめてオペラを観る会」
〜知識ゼロで観る「カルメン」〜

<オペラって何?>
•オペラって何?
•歌劇場ってどんなところ?

<まずはカルメンでしょ>
•舞台はスペイン、でもフランス語
•名歌手の競演

<ミニコンサート>
ソプラノ歌手 中道友香さん
ピアノ    木村翠先生

2014年7月25日金曜日

開始1:30〜 

入場料 500円

於小金井市


オペラって高尚なんじゃないの?興味はあるけどどんなもの?という方のためのオペラをはじめて観る会です。

なんとミニコンサート付き!


平日の日中です。
ご参加申し込みやお問い合わせはメールで。

info@hajimetepiano.org






2014年6月22日日曜日

続け続ける

ピアノが好きなら続け続けることです。

どうやってピアノを続け続けるか。
「上達することより習慣をつけること」につきます。
子供も大人も同じです。
初心者なら一日1回でも学校の宿題を忘れてでも仕事が忙しくても疲れてても、
1小節弾くだけでも、とにかく習慣を付ける。

続けていれば練習するときが必ず出てきます。ピアノが弾けるようになるには練習するしかない弾こう!と思ったとき弾き始められます。ほかのことは一夜漬けもできるけどピアノはそれは出来ないのが習慣があればわかります。受験が終わったら、子育てが終わったら、定年になったら始めようではなくて、やる気がなくても一日一小節でも今日弾く事です。

今の生活の中で出来る小さな積み重ねを信じて下さい。
いやいやでも心ここにあらずでも「ピアノが上手になりたい」と声に出して一回だけ弾くのです。

上達が頭打ちになったときも、です。
特に大人の方はご事情がある方以外はほぼ全員これでやめます。このときが勝負です。
そこからピアノとの本当の付き合いが始まります。
そのとき肝に命じておかないといけないのは「ピアノは難しい」ことです。
勉強の片手間に、家事の空いた時間に、仕事の合間にやるピアノが、何十年1日何時間も弾き「続けている」プロのようになる訳がないのです。
出来ない自分を認める、その中で自分が出来ることを感謝する。楽しめることを楽しむ。
実力相応に楽しむことです。
人間関係と同じで期待するのではなく寄り添って感じることです。自分に出来ることプラス1を積み重ねるのです。
そして側にいることです。
側にいるとは続け続けることです。

プロはピアノは上手だけれど個人や家庭を犠牲にしていたり、人生のすべてをそこに注ぎ込んで並ならぬ苦労をしています。
お金をもらうピアノと楽しむピアノは別物なのです。
あれもこれも手に入れたい私ですが、軽い努力で好きな曲が満足するよう弾けるはずはないことは身に染みてわかっています。
多くを望まず(笑)楽しむ術を追求することがピアノとの最適な関わり方だと思っています。

こちらが続け続ければ、ピアノはちゃんと相応に応えてくれていたことに気づきます。

2014年6月19日木曜日

限界への挑戦

小曽根真さんが
「ボロボロになってこれでキャリアが終わろうともやってみようと思った」と言ってました。
自分の限界への挑戦と言っていました。


すごいことを出来る人は私からしたらほんと神様で、きっとご当人にとって成功は当然のことなんだろうなって思っていました。
でもこの話を聞いて、成功して当然とは思ってない、まさに捨て身の覚悟で挑むことを知りました。あんなに才能がある人でもボロボロを想定するんだー、と驚きました。すごいというより頭が下がる思いです。私なんか捨てて惜しいほどのものを持ってなくてもがっちり守りに入ってます。

自分の限界への挑戦ってことは、すでに限界と思うまでやってきたってことでもあるんですよね。
そこからして私とは違います。
私は限界への挑戦ではなく、限界までの挑戦を目標とする、、、のも無理なので
今日も明日もやれることはやる、やれないことはやれない、このままです。無理はしません。

2014年6月16日月曜日

〜ビジョンとミッション〜

すべての人の人生に音楽の喜びを〜いつからでもいつまでも〜


これがはじめてピアノの会のビジョンです。
私はピアノが好きではありませんでした。というか好きだったのに嫌いになりました。理由は下手だから、、。異性でも好きなのに嫌われると「私も好きじゃなかったからちょうどいいし」とかかっこつけたりしますね。この感じです。下手なのはピアノに嫌われているって感覚だったんです。

とりあえず大学だけ出てスッパリやめようと思っていました。
が、有り難い事に仕事に恵まれました。
卒業してから今まで1年間お休みしただけでずっとピアノ講師の仕事を細々と続けました。

やめる機会は本当はあった。
それでも続けたピアノ。
苦しいときにはいつも弾きたくなった。
元気になると目移りしてほっといたピアノ。
それでもまた伝えられない思いはピアノに込めた。
下手なのに信頼して仕事をさせてもらえるなんて申し訳なくてその分私なりに努力しました。
勉強して何とかなる部分は勉強しました。 

そして下手でもピアノは決して去っていかない、去るのはあきらめる自分なのだと知りました。私はピアノを嫌っていたのにピアノは私のもとにいてくれました。
私には上手という資格は未だにないけれどピアノが好きです。
作曲家の心に寄り添った言葉にはできない深い思いを伝えられるピアノを弾きたいと思っています。

私がピアノを続ける理由は、上手でなくてもピアノは楽しくて心強くて頼もしくて優しくてそして希望だからです。
上手でなくてもピアノは楽しくて心強くて頼もしくて優しくて人生を豊かにしてくれるよ、と伝えたいです。まずははじめてもらいたいです。続けてもらいたいです。続けたら見えてくる風景をたくさんの方に見てほしいです。希望を見てほしいです。


この事を伝えるのが当法人のミッションです。
私がピアノを続けられた感謝の気持ちを込めて。。


2014年6月14日土曜日

あんまりにも重なって

朝から災難続きでした。

朝6時半に起きようと思っていたのに、4時ごろ目が覚めてそのまま眠れなくなったのが第一の災難です。日中眠くなっちゃうからです。

でも気を取り直して、さっさと洗濯しちゃって豪華な朝ごはんを食べて早めにレッスン会場に行って自主練しよう!とそのまま起きました。

そしたら洗濯機が壊れてました。。。

衣類はびしょびしょでしたのでしかなたく手洗いして干しました。

そしたら豪華な朝食を作る気力がなくなってトーストになりました。
ここまでで第2、第3の災難です。

でもいつもより早く家を出られたので自主練自主練、と気を取り直しました。
駅に着いたら私の回数券を入れた改札機が詰まって駅員さんが回数券取り出すのに時間がかかって電車1本乗り遅れました。

でもいつもより早く出ていたのでま、いっかと電車に乗り込み、乗り換え乗り換え、到着駅まであと1駅と思いつつ車内で本を読んでいたら、なんと!
今止まって過ぎた駅が私の降りる駅でした!

快速だったので次の駅まで遠い!お、遅れる!!

なんとか間に合いましたがあんなに早起きしたのにギリギリって、、、。
自主練の時間は当然なくなりました。
これが今日の第4第5の災難です。


でも、、、
いいお天気だったから洗濯物はキレイサッパリ乾いてたし、あんなにいろいろあったのに仕事には間に合ったし、レッスン後ちゃんと練習して来れたし、夜は美味しいもの一杯食べたし、夜はぐっすり眠れて相当気持ち良さそうだし、、、

振り返るとなんかもしかして今日っていろいろあったのに全部セーフでとってもツイてる日だったかも。。。
そう思ったらさらに気持ちよく眠れそうです♪
おやすみなさい







第3回アルテ交流会ご報告

5月に行った第3回アルテ交流会のご報告遅くなりました。
定員満員と大盛況のうちに終了させていただきました。お越しくださった皆様本当にありがとうございました。

プレゼンは「脇役ピアノの楽しみ」として、バイエルレベルの曲とドビュッシーを使った音楽朗読2作品をはじめてピアノの会の講師でしました。アルテの会は音楽に限らず芸術全般を知って楽しむ会ではありますが、今回はピアノということと、教則本を使ったこと、またドビュッシーの名曲の数々の演奏ということでピアノ学習者の方々に沢山いらしていただきました。


•ピアノにはソロだけでない人とコラボレーションする楽しみがある

•想像力を働かせると、、、

•音楽にはどんな簡単な曲でもその曲らしさがあり効果がある

こんなことを感じるともっとピアノが楽しくなります、というちょっとした提案であくまでプレゼン。
完成形はぜひ皆様で、というつもりで行いました。

バイエルを使ったお話では、
「カマキリがぴったりだった」
「あの場面はゆったりしたイメージがあったので早い曲を使ったのが意外。自分的には違う感じだった」
「弾けると思っていた曲だけどただ指を動かしているにすぎないことがわかった。練習し直そうと思う」
「ちょっとしたピアノが入ると効果が出る」

ドビュッシーのほうは
「物語と音楽が一体化していて足し算でなくかけ算だと思った」
「月の光は音楽の変化で場面が想像できて緊張感や哀しみが物語と相まって絵が浮かんだ」
「薄暗い中照明など演出をすると感じが出るだろうな、と立体的に想像できた」
「自分でやるのは難しそうだけど、雨月物語や耳なし芳一といったお話でクラッシックを合わせてみたい気がした」

などの感想が上がりました。

「やってみたい!」と手を挙げてくださった方で早速その名も”こおろぎ一座”が誕生しました!
観るのが聴くのが楽しみです!嬉しいな〜。

座談会の時間を多めに取ったつもりでしたが、それぞれのグループで盛り上がり、やっぱり時間足りなくなっちゃっいました。
交流が一番の目的なので、次からはもっと時間をとって沢山お話しできるようにしたいと思います。

芸術というと敷居が高い感じがしてしまいますが、その星のような花のような芸術をつまみに、地上で和気あいあいと日頃の悩みも含めてお話しするのがアルテ交流会。次回も楽しみにしていてください。



2014年6月12日木曜日

大人のあそび

五年くらい前、友人に向上心て大事だよね、と言ったら「なんで?向上ってしなきゃいけないことなの?現状に満足することの方が大事じゃない?」と言われました。
! 目からウロコでした。なんか向上心って良いものの気がしていたので。それからそのことをずっと考えていました。


今私はやっぱり向上心は良いものだと思います。向上心は競争心と混同されたり今を否定する欲として扱われることもありますが、それは、だまされる人が純粋でだまされない人が不純だという間違った理屈と同じです。そもそも欲だって大事なものです。私は欲も野心も絶対に捨てません。むしろ拾いたい位です。あ、拾わなくても充分ありました。話がそれました。向上心は言い換えればよい自分になりたい気持ち。それを持って苦しくなるのは、そうはなかなかなれないからでしょう。そりゃそうです。そんなに簡単にはいかないでしょうから。だからこそ、向上する事を目的とするのではなくあそびととらえるのです。

ディズニーランドで遊ぶのはすごく楽しい。でもこんなに沢山の人を楽しませられるディズニーを作っている人たちは、もっと楽しいと思うのです。30人楽しませたら30倍の、100人楽しませたら100倍の楽しみや喜びを感じられると思うのです。
ディズニーを作るプロセスには困難もあったかもしれない。でもその困難にチャレンジしたから作った人たちはその喜びを知ることが出来たんですよね。苦労=苦しみではないし、ラク=楽しいでもないのですから。

ディズニーほどのものは限られた人にしか作れないけれど、自分の器の中で自分が成長できればいいなと思います。私はピアノの飛躍的上達はとうに諦めてますが、ちょっとの向上は未だに目指して奮闘中です。あそびなのでダメもとです。


守るものが増える大人はチャレンジ出来なくなると言いますがそうは思いません。もともと遊びだと割り切れる大人だからこそチャレンジはし易いと思います。そうは簡単にはいかないのは誰でも平等。現状には感謝しきれないほど感謝して、その片隅ではふわふわの向上心を持ち続けます。








2014年6月11日水曜日

梅雨のたのしみ

どくだみが一番きれいな時がアジが一番美味しい時期です。


銀色のあの魚たちを「青魚」と言った人のセンスにうなります。確かに背に青色が入っていますが私ならうっかり「銀魚」と名付けてしまいそうです。「はじめてピアノの会」ってそれと同じセンスの名前ですよね(笑)。

アジは白身でもあるそうです。
シメサバは2週間に1度作ります。
うめジュースの仕込み終わりました。
今年は梅干しは作りません。
今一番ドキドキしているのは、カーネーションのたくさんの小さなつぼみのことです。
小さなつぼみが一生懸命膨らみつつあります!
毎日応援に余念がありません!!













珍しいどくだみ

こんばんは。

梅雨の合間の晴れ間はいい気持ちですね。
雨も大事だから喜ばなきゃいけないと言いますが、出かけるのに雨は全然喜べません。
夜雨の音がするとああ、よかった、水がたくさんになる、とは思いますけど。限度がありますね、水がたくさんにも。

お隣はどくだみの八重咲きです。
ご近所のお宅にあって毎年この時期咲きます。見た事ありますか?
梅雨はいやだけれど、この時期だけの花、お野菜、お魚と嬉しいこともいっぱいです。

らっきょうの仕込み終わりました。

2014年6月9日月曜日

勇気と行動力

私はおかしな瞬発力があるので、時々それを勇気とか行動力とか決断力と誤解される事があります。

とんでもない誤解です。
勇気を出せば良かったと思い返す事がどれほどあるでしょう?
行動を起こせなかったことを幾度後悔した事でしょう。
迷ってるうちに好機を逃したことは数えきれません。

勇気のないのが私です。
「行動力」と勘違いされているものは考え無しの思いつきにすぎません。
ケチなので損するのが怖くて決断が出来ません。

ここをなんとか矯正しようとしていましたが、この間生徒さんに『人は変われない』といわれてラクになりました。そのままでいいのよ、と言ってもらえてこっそり涙をぬぐいました。無理をしない自分になっていいのかな、と思ったりします。

会を主催したりピアノの先生をするのはとても楽しくてやりがいがあって身に余るほど有り難いけれど、私にしてみれば無理な事だらけです。そもそも変わり者なのでいつでも少数派だったし、自分勝手に生きてきて、大多数のニーズを汲んだりリーダーシップをとってまとめたりするのは一番苦手でした。営業も事務も経理も全部苦手です。

人は変われない。だからこそ他の方の力を借りてやっていく大切さが身にしみます。














2014年6月5日木曜日

希望

ブログのお休みは、ただの怠慢っていうかもっと真実に近い言い方をすれば気分が乗らなかっただけの話でしたのに、心配してくださったり、お心に留めていただいたり、大変ありがたく存じました。

私ごときが気分でどうこうって生意気です。パソコンはショックでしたが、データ復旧代金以下レベルのショックです。まったく立ち直ってます。めんどくさいのはありますが、、、。


こんな私でも立ち直れないだろうと思うような痛みを感じた事がありました。まじめなので真正面から問題を捉えます。というのは嘘で、頭が固くて斜めから問題を見られないのです。傷つかない人間に見られますが自称ナイーブです。

私はそういうときはだいたい本を読みます。友人に話を聞いてもらうことはあまりありません。友人が少ないせいですが。
読むのは、落ち込んだ気持ちをありのまま表した詩や短歌や小説。「同じような思いをした人がいるんだな」というだけで十分な気持ちになります。それと昔好きだった本や漫画。自分に戻れる気がします。あ、同時進行でこのあたりで好きなピアノ曲も弾きます。それを一通り堪能した後は癒しの励ましてもらう本、そして強気の自己啓発本へと移行します。今ではそのとき自分がどんな本を手に取るかで自分の状態がわかるようになりました。

今もしかしたら何かにたとえば生きる事に苦痛を感じてらっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。苦痛どころか絶望を感じてらっしゃるかもしれない。でもどんなに絶望しても日の光の下に希望は生まれると信じています。太陽を浴びて、自然を感じ、本を読んで、涙を流したり笑ったりすればいつか希望は芽吹きます。

ピンチはチャンス。何度も自分に言い聞かせた言葉です。本当でした。

2014年6月2日月曜日

ブログの更新

こんばんは。ようこそお越し下さいました。

パソコンが壊れて、代わりのものがあったにもかかわらず、なんだかすっかりトラウマ状態でパソコンに触る気になれませんでした。「気」にならなかったらやらずに済むって気楽なもんですね。

今年度はブログをできるだけ更新しようと思っていました。理由は毎日書くことで毎日自分を整理したり、伝えたいことをまとめる力をつけたいと思ったからです。

が、あっさり挫折しました。ここで「一度決めたことだから!」とムキにならず別にいいや~とあっさりやめちゃうところが私のいいところです。困った時はまず一番に自分に優しくなります。

パソコンが壊れてかわいそうだった自分に1週間優しくした甲斐もあり、また今日は新しいMacBook Airも来たのでやる気が出てきました。明日からいろいろ頑張ります。ブログも書ける日は書きたいと思います。いつも読んでくださって本当に有り難うございます。またよろしくお願いします。

今日は少しムシムシしましたが、シーツもよく乾いていい日でした。
おやすみなさい。