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2014年8月31日日曜日

音楽とお料理の関係

「美しい音楽と美味しいものはイコール」とらららクラッシックで言ってました。


作曲家や演奏家は食べるのも作るのも好きな人が本当に多いです。
凝り性とか創作好きとかそういう理由以外に、「無くなるけど心が満足する」ことが一番似ているんじゃないかと思います。

私は手芸などのハンドメイドはぞうきんとか消耗品以外しません。
細かい事をやり続けられないのが一番の理由ですが、たぶん「残る」ことに抵抗があるのだと思います。雑なのでたいしたもの作れない自信があるしその消せないカタチが残ってしまうことがムリです。
今は音楽も録音録画が出来て便利にはなりましたが、カタチが残るのはやっぱり気持ち悪いです。

昔はバカみたいに凝ったお料理を作っていました。今思えば唯一の創作活動だったしストレス発散でした。今は凝ったものは全然作りません。創作活動はピアノで手一杯だしきっとストレスたまっていないんでしょう。お料理は上手ではありませんが自分で作るものが一番好きです。ピアノも上手ではないけれど、自分の思いを込められるという意味では自分のピアノが好きです。

野菜を作ってそれを使う事も、旬の素材をスーパーで買う事も、産地に行って市場で魚を見る事も、いろいろな材料を掛け合わせたり、足したり引いたり、楽しみは尽きません。
オペラ作曲家のヴェルディさんは「農作業の傍ら作曲している」と言っていたとか。


食べる楽しみと同じくらいの豊かさを音楽で届けられるよう、一般社団法人はじめてピアノの会代表として今日もお献立研究に余念がありません。




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2014年8月30日土曜日

オペラを観る会第二回

9月19日(金曜日) 14:00〜 小金井市にて 500円

前回の復習から始まりますので、前回いらっしゃれなかった方も是非どうぞ!
くどいようですが、ピアノを弾く人こそ歌を知る事が大事です。
音楽には物語があり、音符はセリフです。

オペラって何?から始まり、有名なアリア(歌)のご紹介はもちろん、今回は「カルメン」のストーリーを追いたいと思います。
オペラは演出によっては、音楽が中心になり過ぎるばかりお話が飛んでしまう事があるので、見ている最中「どゆこと?」ってならないようその辺りをしっかり抑えておいて下さい。なので今回はミニコンサートはありません。

名曲のオンパレードのカルメン、1回2回くらいじゃとても足りないけれど、今後の楽しみのきっかけになればと思います。ピアノ用にアレンジされた楽譜もありますので、オペラをイメージして弾いて頂きたいです。

カルメンの悲劇なのかホセの悲劇なのか、演出によって感じ方も違ってきます。ホセに同情して涙したり、カルメンのしたたかさと情熱に憧れたり、歌手は役者ですね〜。


お問い合わせ、お申し込みは
info@hajimetepiano.orgまで

※今回はお茶とクッキーは付きません。持ち込み可です♪


2014年8月29日金曜日

こどもとピアノ

前回子供のピアノの事について書きましたら沢山の方に読んでいただきました。
そのことに感謝するとともに、子供のピアノの悩みってこんなに大きかったんだと感じました。

私が「えー!そんな理由でやめないで!」と思うのと同じくらい親御さんは「やめたくない」「やめさせたくない」そして「ピアノが弾けるようになってほしい」と切実に思ってくださっていたんですね。

ピアノの先生は「やめないでください!」と言いたくてもお月謝を払ってくれるのは親御さんだし、金の亡者と思われそうで強く言えない、とみんな思っています。
私も若い頃はそうでした。
無理に引き止めると悪い気がして遠慮していました。

中には「家の方針で自分からやらない事はやめさせるようにしているんです」というお父様もいらっしゃいます。いやいや、そういうアナタは楽器を習得した事がありますか?と聞きたくなります。どんなに難しくて子供が一人でやるのが大変か。頭は使うし運動神経も使うしクタクタです。だからせめて誰かに寄り添っててもらいたい、それが楽器の練習です。以前三枝成彰さんは「ピアノなんて無理矢理練習させてはじめて弾けるようになる。子供に任せてたら誰も弾けるようになんかならない」「今第一線で活躍している演奏家の口から子供の頃練習が好きだったなんて聞いた事ない」とハッキリおっしゃっていました。あ、ここまでは厳しくやらなくてもいいんですが。。。

私は計画性が全くないので普段の私を知っている人は「ピアノはどうしているの?本番の日まで計画的に練習しないとだめでしょ?」と聞いてきます。しかしピアノは計画は立てなくても日々努力すればやれます。今日出来る事を毎日する、それだけです。
薄紙を1枚1枚重ねるように毎日練習する。私のように才能も実力もなく飽きっぽい人間でもやれるのは習慣以外の何物でもありません。

もし

・子供が練習しない
・やめさせたくはない
・今はお友達より弾けなくてもいつか役に立つならそれでもいい
・いつか役に立つならお月謝は払ってもいい

これに当てはまるなら先生にこの4つに当てはまる事をお話しして、先生と一緒に対策を練ってください。先生は、金の亡者だからではなく本当に続けると絶対良い事を自分の経験上知っていますからきっとその子供さんにあったやり方を探してくれます。そして指導は先生にお任せして家庭での練習は親御さんがおつきあい下さい。「家でお母様が指導」はよけいです(笑)。


私は、自分から練習せず欲もなく「無理矢理やらされている」感いっぱいで「ピアノは大っ嫌い」と公言していたクチです。
そんな私もまわりがあきらめずいてくれたおかげで(いや、あきらめていたからか?)今ではピアノが大好きで、ピアノのある人生に心から感謝できる大人となりました。












2014年8月28日木曜日

子供は進んで練習しないもの

子供は進んで練習しない。
それを前提にして下さい。

それでも「子供が将来趣味で弾けたらいいだろうなあ」と思うなら
親御さんがお手伝いして下さい。

まずは親がピアノに興味を持つ事。
子供がピアノを弾く事に親が興味を持つ事。
親が無関心な事で子供が自分から喜んでやるのはゲームくらいなもんです。
地道な努力なんてしませんよ。

そして、1曲と言わず1段だけを5回とか決め、
上手になる事には目をつぶってまずは練習をする習慣を付けてください。
リズムだけでも歌でもいいのです。
内容は先生に相談して。
これを半年はやってほしいです。
「忙しいし疲れてるしやりたくないよな〜」って大人もめんどくさいでしょう。
でもそこを座るのです。
大人がそれをめんどくさいと思ったら子供はやっぱりめんどくさいのです。

これがど〜んなに大変でストレス貯まる事かは充分わかります。
こんなこと簡単に言っててごめんなさい。
でもこれしかないのです。
「ピアノ上手になるといいな。ママに聴かせて」って言い続けて下さい。
この無駄な時間も子供とのいい思い出にきっとなりますから、どうか心穏やかに…。

続ける事が50年後、60年後の豊かな人生につながります。
趣味のために時間とお金を投資してください。
たとえ大人になってピアノを弾くことがなくなっても、音楽的基盤が出来ます。
ピアノはリズム感や音感、ハーモニー感を養うのに最適な楽器です。
リズム感や音感を大人になってから身に付けるのは、何倍も何十倍も努力もお金も必要になります。

今まで大人になってから始めた生徒さんを150人くらい見て来ました。
大人になってからでもピアノは充分楽しめるし上達もしますが、皆様がどんなにご苦労されているか目の当たりにしています。
大人のレッスンをやればやるほど子供のレッスンの必要性を痛感します。
心ここにあらずとも耳はすくすく育っています。







2014年8月27日水曜日

「子供がピアノの練習をしないのでやめます」

この台詞をご父兄から聞くたび自分のことを思い出します。
練習しない子供でしたので。


子供でピアノが嫌いでやめる子は少ないです。いないかもしれません。
「ピアノは好き。弾けるようになりたい。でも練習はしたくない(笑)」ので
「練習しなくて」「上達しなくて」お月謝勿体無いからやめさせられちゃいます。
ま、当然と言えば当然、常識的な考え方ですね。

確かに親にしてみればどうしてもやりたいならお金だすけど、頼んでやってもらう事じゃない、という気持ちになるでしょう。
親御さんて最初ほとんどが「趣味で弾けるようになったらいいなと思って」習わせに来ます。専門家にならなくてもいい、趣味で弾ければそれでいい、と。
でも趣味なら簡単ってことないし、練習量も少なくていいってことじゃないんです。

簡単じゃない事をやるのは子供にとって苦痛です。
いつも言うようにピアノはドの場所が決まっているので取っ掛かりだけ簡単だけどものすごく難しいのです。メロディも伴奏も両手十指プラス両足使って演奏するのはピアノだけです。そんな難しいもの天才じゃなければ子供が進んで練習するはずないのです。

大人も同じですよね。好きで買ったスポーツ器具、志はあっても毎日繰り返し10年間続けられませんよね。子供も大人と同じで地道な事はめんどくさいのです。才能のある100万人に一人くらいの子だけ「ずっと」「自ら」「進んで」「あらゆる練習を」するかもしれませんが、あとの子は「趣味で弾けるようになるまで」色々ありつつ長い道のりを続けるのです。
ピアノやヴァイオリンは10年やってやっと形になる。「練習しないならやめさせる」「上達しないからやめさせる」となると、ほとんどの子は出来ません。



、、、また話が長くなってきました。
熱くなりそうなので、この続きはまた明日にします。
いつもこのセリフに「そんな!わかってない!」と思ってしまうので力が入ってしまいます。

せっかく涼しい日なので一息入れます。



2014年8月26日火曜日

ピアノサークル

こんなかわいいお菓子をいただきました。




静岡限定だそうです!昨日、静岡の銘茶とセットで静岡市清水区のサポーターさんにいただきました。
私は日本茶が大好きで、毎朝急須とお湯飲みをあたため、お湯は沸かしたてのものを適温にさましていれてます。朝のかかせない習慣です。


静岡はとても音楽の盛んな地域。もしもピアノが弾けたら、、、の夢を叶えて頂くために、サポーターさんがサークル開講の準備にご尽力くださってます。正式に開講となりましたら詳細お知らせいたします。

ピアノはラクになんか弾けません。でも難しくてもよろこびがあるんです。なかなか上手にならない万年初心者の方もピアノ歴50年何でも弾けるという方も、やり続ける事に発見があり豊かさがあります。レベルを超えて一緒に楽しむ、それがはじめてピアノの会です。はじめてピアノサークルが全国に広がれば良いなと思っています。

ピアノを初めて始めてみたい方、かつてやっていた方、会の趣旨に賛同してサポーターさんをやってくださる方、講師をしてくださる方、ボランティア演奏をしてくださる方、是非info@hajimetepiano.orgまでお声かけてください。こちらから連絡させていただきます。


ホームページがなかなか更新出来ないので、ブログで随時新しいニュースお知らせします。






2014年8月25日月曜日

ガウディ

先日ガウディ展に行きました。
そこで思ったのがガウディてレオナルド・ダ・ヴィンチみたい、ということ。

ガウディというと、鉄の曲線やガラスの装飾に目がいってしまいますが、設計図を見るとものすごく細かく、また家具やドアノブ1個にしても一見見た目重視の使いにくいものに見えますが、実は人間工学に基づいた使いやすさを追求して作られているそうです。
椅子なんてとっても座りやすいんです!

とても論理的に考えつつ感覚的にもとらえ想像力豊かで創造的。
緻密で芸術的。
2人に共通しています。

そこでもうひとつ考えたのが、音楽でいうところのレオナルド・ダ・ヴィンチって誰だろうと。私は、バッハじゃないかと思います。

ダ・ヴィンチとバッハは示唆に富んだ宗教画と宗教音楽、それ自体も似ていますが、何よりバッハの音楽は彫刻のような建築のようなところがあります。
ものすごく緻密でそれでいて芸術的。
土台と基礎がしっかりしていて、それを超えた装飾的な魅力はまさにバッハです。

ということはガウディとバッハも似ている?
うーん、これはまた違いますねえ。
ガウディとダ・ヴィンチは似てる、ダ・ヴィンチとバッハは似てる、
でもガウディとバッハは別。
数学の証明みたいですが、この違いこそが芸術なのかもしれません。

2014年8月24日日曜日

やる気

努力が大っ嫌いでやる気のある人が目障りでしかたなかった若かりし日。


でも違います。間違っていました。
若い頃にやる気満々でちゃんと努力されていた方には頭が下がります。
そういう方は結果を出せます。
そういう方にしか結果は出せないと知りました。

やる気は大事です。
努力も大事です。
もともと私にやる気はなかったんですが、やる気をムンムンさせることはかっこ悪い事だとも思っていました。
間違っていました。
やる気満々はかっこ悪くありません。
気にせず堂々とやる気満々アピールしてください。

やる気はあってもそれを隠したり謙遜という名で勇気を出せないでいたら、チャンスはす〜っと音もなく通り過ぎていきます。1%もチャンスは残りません。そういうものです。

芸能人のすごいところはココですね。
実力よりやる気です。
もちろんちゃんとやらなければただの無責任になってしまいますが
やる気が実力をつけるのだと思います。


私も大人になって、やる気があるときはやる気でいます。
しかしやる気があるときが年に何回かしかありません。
もう少しアクティブになりたいものです。






2014年8月23日土曜日

仕事と趣味のバランス

月2回ピアノレッスンに通っています。

仕事のためと思いきや趣味です。
仕事に役立つ事も沢山ありますが、趣味でピアノを習っています。
上手には弾けませんが、先生に注意してもらいながら歌ってもらいながら弾くと
上達しそうな感じがしてすごく楽しいです。
ピアノをほとんど弾かず音楽の話を聞くこともありますが、それも楽しいです。

友人と連弾するのも趣味です。
練習過程では思うことが違って色々あったりしますが(笑)うまくいったときは格別です。
時々人前でも弾きます。これまたなかなか思うようには弾けませんが
次回頑張ろうね!とまたやる気になります。
ピアノの先生の友人もその友人と趣味で連弾して遊んでいるようです。

趣味を楽しむと視野が広がると言います。
交遊関係も広がると言います。
仕事ばかりしていると視野が狭くなるしストレスがたまるから仕事と趣味をうまく組み合わせると良いと言います。

私の場合、ピアノは仕事でもあるので視野も交流関係も広がりません。ピアノ以外の趣味はほとんど一人でやるものです。でもあえて交流関係を広げようとすると人見知りの私は余計ストレスがたまると思います。

これでべつにいっかと思っています。




2014年8月22日金曜日

ドビュッシーと真実

ドビュッシーは自分では印象主義ではないと言っていたそうです。

絵画の印象派はモネやルノアールなど。光や影を感覚でとらえ、ラインでなく色彩で描くのが特徴です。確かにドビュッシーの音楽と共通点はある感じです。でも本人がそうでないと言ってるんだったらそうでないのでしょう。

ドビュッシーを最初に弾いたとき、ふわふわして掴み所がなく気持ち悪くて嫌いだったのを覚えています。私が軽くて気持ち悪いと感じたものは決まって深く後々好きになるという勘の悪さがここでも見事に的中し、大人になって弾いたらその深みがしっくりと来て大好きになりました。脱力が大事と言われるドビュッシーのピアノ曲ですが、決して軽い音楽というわけではありません。

たとえば短歌。
山や川や森や草木を歌えずして心理描写は出来ないと言われています。雨の庭にどれだけ心を動かせるかで情景描写の詳細は変わります。ドビュッシーの見事な情景描写にはどんな心理が隠されているのでしょう?


深刻な顔をしてる人だけが人生真面目に生きてるんじゃないですもんね。
豊かな光と影と色彩の中にもラインを感じるドビュッシーです。

2014年8月20日水曜日

シューマンの恐怖

シューマンには苦い思い出があります。
本番の途中で忘れました。


シューマンはインテリで文学も絵画も詳しくそれが見事に音楽に集結しています。そういう豊かな感受性と明晰な頭脳を必要とするものは私にはムリです。シューマンは真面目で複雑な変わり者だったそうですが、真面目で単純な変わり者の私とは似て非なる人間です。シューマンで音楽的センスと知的レベルが試されそうな被害妄想があります。

たぶんシューマンはこの先も弾かないでしょう。

2014年8月19日火曜日

モーツァルトは音色

私はモーツァルトが好きですが、怖くて人前で弾けません。
バッハより怖いです。


モーツァルトの音楽を聞いていると、この展開はわたしでも書けそうくらいに思っちゃうのですが、暗譜するときにつくづく、え〜!こっちだったら簡単だったのに!なんでモーツァルトはここで誰にでも作れるんじゃないかと思うような絶対誰にでも出来ない事しちゃってるのおおお、と思い知ります。

ピアノ曲以外のコンチェルトやシンフォニーやオペラも好きです。
オーボエやクラリネットの美しさはモーツアルトで知りました。オペラの二重唱など、ほかに誰があれを書けるでしょう?

和音が変わる時は感情の変化なので、普通そこで表現が変わります。
でもモーツァルトは表現は変えず音だけでさらりと変化させる方が私はいいと思ってます。なので逆に言えば音色勝負って感じがします。
こねくりまわしてそれっぽく体裁を整える私が苦手なはずです。

きちんと音色で勝負出来るよう頑張ります。
モーツァルトがキレイに弾けるようになりたいです。



2014年8月18日月曜日

バッハの2声

バッハはどう弾けばいいかわからないから嫌い、という人も多いです。
バッハは弾くの難しいですね。


バッハは右手、左手がバラバラになる事が大事ですが、それには頭がバラバラになる事です。言ってる事とやってる事が違う、感じ。

インベンションの2声のうちに是非左手を弾きながら右手を歌う練習してみてください。頭の中のことははわかりませんが、目と手と口と右脳と左脳がバラバラになって頭がバラバラになりながら耳で一つになる感じが体感出来ます。

とっても難しいですが、これが出来るとそれぞれの手がよく動くようになるし歌えるようになります。そうすると他の曲や連弾にもとっても役に立ちます。
頭を使わずに2声を卒業してしまうと、そのあとの3声や平均率などで苦労します。インベンションでこれが難しかったら、もう少し簡単なバロックやポリフォニーでこれをやる事をお勧めします。


何と言ってもバッハは音楽の父ですもんね。


2014年8月17日日曜日

ヒーリング

今日は少し涼しいです。
蝉の声がすごいです。

戦後もバブルの頃もヒーリングという言葉を使う人は日本にはいませんでした。その頃は頑張る事が良い事だったのでヒーリングとか「甘えるな!」ってなったでしょうね。

ゆっくり休んで癒される事はとても大事な事です。つらい時期にはとても必要な時間です。
でも忘れてならないのは「避ける事の出来ない現実は受け入れなくてはいけない」という事です。ポジティブをはき違えると現実から逃げて、極端なヒーリングに走ったりします。

音楽はヒーリング効果絶大です。音楽は何よりの心の薬です。
でもいつも言うように洗脳でもあるのです。
目を閉じてその世界に入っていると大事なものを見落としてしまうかもしれません。
受け入れがたい現実から逃げてヒーリングにはまってしまうのは、架空の現実を作るにすぎません。

自分の人生の現実は一つです。
音楽にお手伝いしてもらいつつ、自分の頭で考え自分の手で現実を良くする努力が今の時代も必要だと思います。

2014年8月15日金曜日

色と音と占い

以前フィンランドに行った時、独特のフィンランド色を感じました。
私は北欧の音楽が好きなのですが、この色の中でこそあの音楽たちは作られたんだなあと感じました。

ピアソラはアルゼンチンの作曲家ですが、北欧と違う色を音楽から感じます。やっぱり南欧でも北米でもなくアルゼンチンの色が感じられます。


音楽はよく色に例えられます。
でも音楽には本当は色がついてないので正解はありません。
大人の方は考えすぎて&間違えてはいけないと、良く「正解」を聞いてきます。
知りません(笑)。

私が北欧の音楽が北欧の色に感じるといっても決まった色ではないのです。
アルゼンチンの音楽も別に何色とかではないのです。
色々な色がグラデーションのように変わっていったり混じったり、、、。

私はオレンジ色が好きです。
くすんだ水色なんかも好きです。
オレンジを好きとかくすんだ水色が好きとか色占いでは何かあるかもしれません。
が、それらがあたっているとは限りません。

占いがあたったりあたらなかったりするのを楽しむように、
音楽の色も自由に気楽に自分なりに楽しんでみてください。
ここはオレンジ、ここは水色、、、。
それだけで表現が豊かになります♪







2014年8月14日木曜日

音楽で変わる

音楽は空間を変えます。


和食のお店でジャズがかかっているとなんかモダンな和食っぽくなるし、イタリア料理店でカンツオーネがかかっていると本場イタリアンぽくなるしアコーディオンの流れるパリ風のカフェも多いです。定食屋であんまりクラッシックは聞かないし子供の施設で演歌も聞かない。

でも味がモダンでないのにジャズを流してそれらしくしてる和食屋やカンツオーネ流して味をごまかそうとしているお店はいただけません。
だったら音楽のないそっけない雰囲気の美味しい定食屋の方が断然好きです。
まずは本業で勝負した上、空間を音楽で味付けしてほしいものです。

音楽は空間を変えますが、中途半端だとちぐはぐさを際立たせてしまいます。






2014年8月13日水曜日

受け入れる耳

同じ事でも耳が開いていないと聞く事ができません。
「腑に落ちる」というのは耳が開いていてこそですね。

私は以前、一人の絶対的な師みたいな人がいてそういう方がすべて教えて導いてくれると思っていました。よく「恩人は○○さんでその方の一言で人生変わりました」という話を聞きますよね。それです。

でもある時気づきました。
一人の人から100助けてもらうんじゃなくて100人の人から1とか2とか10とか助けてもらえればそれで上等なんじゃないかと。それで充分な上、それだけでもどんなに有り難いことかと。そして思えばそうやって沢山の人が自分を助けてくれていたと思い至ったのでした。

そう思ったら一人一人のアドバイスがとても大事でありがたく、また良い意味でその一言をそこまで重くなく無責任に受け止められるようにもなりました。

その頃から少しずつ色々なものに耳が開いてきた気がします。
気持ちが頑であると耳を閉じてしまいます。
心を開いた時初めて耳も開きます。

ピアノがうまくいかないとき、自分の耳が閉じてしまっている事があります。
そんなときは実は気持ちが頑で、先生の言う事を聞き流して自分のやり方を通していたりする事が多いです。

先生の言う事は絶対ではありません。だからこそ100のうちの1を教わるくらいの気持ちで受け入れることです。そこにすべての責任を持たせようと思うと大きすぎて受け入れるか受け入れないかのどちらかになります。それはあまりに依存的で主体性がありません。主体性のない学びは自分の役に立ちません。

時代のギャップ、男女のギャップ、育ちのギャップ、、。
私は勝手なので相手を勝手な人にして「全然わかってないんだから」とすぐ耳を塞ぎたくなります。
でも、すべてを受け入れるのでなく100のうちの1だと思うとまあ受け入れられます。
「自分の意見は絶対だ!」なんて主張する人の意見も100のうちの1として軽〜く受け入れます。

100の軽い意見が積み重なると、自分の思考が変わって、今まで受け流していた事に大事な事があったと気づいたりします。






2014年8月12日火曜日

旅立ち

私は引越しは関東内だけでしたので、地域差というのがあまりピンと来ませんでした。
でも日本で弾くのとヨーロッパで弾くのではピアノの音が違うことなど考えると、場所って関係あるんだって思います。

その中に身をおいて始めてわかることってあります。
私は文明から取り残されているとよく言われますが、そうは言ってもここは日本の首都。
なんだかんだ文明的だと思います。

いずれにしても
場所を変えるというのは、今の自分からの旅立ちの一歩であることは間違いありません。

知らない場所では難しい選択と現実が立ちはだかるでしょう。
けれどいつでも
ラブアクチュアリー…愛はそこかしこにあるはずです。



2014年8月11日月曜日

戦争と音楽

戦争を支持するような歌が作られた時代がありました。
そんな曲を作った作曲家は後世こてんぱんにたたかれることとなりました。


戦争を支持するのは良くない事ですが、こういうことってあるよな、、、と意志の弱い自分を顧みます。

「戦争は悪い」と思わないのか。
戦争は悪いと思っているのに「悪い」と言えないのか。

私は上記2つどちらとも当てはまりそうです。
優柔不断なので、時代に流されず自分の判断で戦争に善悪つけられると思えませんし、エラい人に良くないとか嫌だとか言えないと思います。

流されていたって後になってわかることも多いです。
正しい事も変わります。
人の評価を全く気にせず出来る自信はありません。

私は自分が大好きですが、誰にも評価してもらえないと「こんな自分を好きってばかじゃない?」とか「こんな自分を好きって惨めな気分、、、」と時々思います。そんな時「センセイ!是非センセイのそのすばらしい才能で戦意をあおる曲をひとつ!」なんて言われたら、「力不足ですけど〜♪」とか言いながらこれでもかってくらい戦意をあおり倒す曲を書いて権力者に媚びまくるでしょう。

後の祭りです。。。戦犯ですね。

私はそおゆう意志の弱い人間ですので、戦争をしちゃった人も戦争音楽を作っちゃった人もなんだか同情します。

私は軽薄で断れない、言いたい事も言えないどうしようもない性格です。
しかしさいわいな事に、後世に残る曲を作る才能がないので頼まれる事もないでしょう。
おかげさまで戦犯にならずにすみます。




2014年8月10日日曜日

耳で練習

スポーツ選手の練習って
筋トレとか素振りとか連続ダッシュとかランニングとか
疲れるのによく出来るなと思います。

ピアノの場合、一番疲れる練習は耳を使う事です。
耳を澄ますことは集中することです。
なんでもそうですが、集中してやるのは疲れますね。
通して弾いて漠然と弾けてないからもう一度というのはラクですが、
上手にはなりません。
弾けてないのは、何の音と何の音の間がどんなふうに出来てない、と
集中して聴いて練習しないと。
途中からは弾けないという方は
その時点でもう耳と頭を使った練習はしていないのです。

耳は集中力の要です。


2014年8月8日金曜日

冬の歌

今ピアノの会のグループレッスンの伴奏付けの課題は「サイレントナイト」(きよしこの夜)です。

あまりに季節感ないとは思いましたが、12月に間に合うよう早めに練習し始めたのです(笑)。
いや、これがなかなかイイ感じです。
歌で涼むと知りました。

この効果を狙って冬にはアロハオエの伴奏付けをしようと思います。

2014年8月7日木曜日

占い

暇な時、ネット無料占いをします。
美容室では雑誌の星座占いとか見ます。
血液型占いとかちょっと立ち読みしたりします。

信じてそのまま行動する人がいるとは思えませんが、
面白そうだから見よう、と見たものがけっこう気になったり
私のように流されやすい人間はなんだか自己暗示にもかかっちゃいます。

占いはあたる事もあればあたらない事もある、と言います。
いやいや、あたってもあたらなくてもいいなら、それ私にも出来ます(笑)
それじゃもうインチキです。

占い師は謎めいてカリスマがないとなんか価値ないですね。
占いには「今年は思い通りにはいかないけれど、必ずアナタのがんばりを見ていてくれる人がいます。それが来年のアナタの運勢を好転させます」とか下げて上げて前向きにが全部入っていますので、教育者のような心と自己啓発本作家の文才なんかも必要かもしれません。

今日はタロット無料占いをやりました。
そこそこでした。













2014年8月6日水曜日

虫が嫌いな人は多いですね。
私も基本的に嫌いです。
夏は虫が多いですが、今は暑すぎて虫もあまりいません。
憎き蚊はいますが。

私が一番嫌いな虫は、こう書いているだけでもうあり得ないアゲハのようちゅうです。
漢字で書くのもはばかられます。
虫じゃないと言われますが、虫です。
子供の頃庭の山椒の葉っぱに乗っかっているのを目撃してしまいました。
なので、山椒は大好きですが、葉っぱに乗っかられるので山椒の木はうちに植えません。
ふと山椒の木を見つけると、さっと目をそらし見ないように早足で歩きます。
怖いものを見た時は案外走れないものです。
まだ見てないのですが見たも同然の気持ちになります。
でも本当は見てないのでラッキーだった、、、と安堵します。
山椒はエスビー山椒を買います。
食べなくたっていいです。
なので蝶も嫌いです。





2014年8月5日火曜日

若いアーティストを応援するプロジェクト

をやりたいなと思っています。


クラッシックやアコースティック系のものはなかなか披露する場がありません。
ピアノは持っていけないし。
自分で演奏の場を作るにはお金がかかります。
お金をかけても名前が売れていないと人が集まってくれません。
人に集まってくれないと聴いてもらえません。
悪循環ですね。

かたや、頑張っている若者を、若い才能を応援したいと思っている方も沢山いると思うのです。

音楽は言葉がない抽象的なものだから時として自己満足に陥りがち。
だからそれを認識するために人に聴いてもらうことが大事です。

若いアーティストさんは一生懸命練習して高い技術を身につけても聞いてくれる人がいないと、音楽のキャッチボールが出来ずプロとしての共感力が育てられません。

そんなわけで「若いアーティストを応援するプロジェクト」を立ち上げられたらいいなと思っています。

アコースティックならピアノ、歌、ヴァイオリン、ギター、、、、色々なジャンルで。


まだまだ夢の段階で実現も難しいかもしれませんが、このプロジェクトにご賛同くださる方、聴きにいきたいという方、ご寄付を下さる方、ぜひご協力お願いします!








2014年8月4日月曜日

おにごっこ

子供の頃、暑いのに外で遊んだり走り回ったりする同年代の子供たちが信じられませんでした。特に鬼ごっこは理解出来ませんでした。なるべく室内でじっとしていたい子供でした。


鬼から逃げて捕まったら鬼になって今度は誰かを捕まえ捕まえたら鬼を譲り渡しまた鬼から逃げる。。。なぜ?
しかも学校で「今日はご褒美に鬼ごっこです!」なんて言われると、ええーっ、全然ご褒美になってません!とは言えず、もっと徹底的にさぼっとけばよかった、、と内心思いながら楽しいフリまでしてました。ここに遊びの価値を見いだせない私は人知れず悩んでいました。楽しんでいる同級生たちがうらやましかったです。疲れるだけでした。

鬼ごっこには遊びながら体を動かすとか仲間の交流とか養える事が沢山あるんでしょう。でもそれは私にとって遊びではありません。
だいたい楽しい事は別の目的が生じた時点でうさんくさくなります。
私は「知育玩具」というのが大っ嫌いでした。まんまとひっかかる感があり抵抗していました。これは疲れとは別です。精神的な問題です。私にしたら鬼ごっこよりたちが悪いです。なんてへりくつを言っていたせいか、知能が伸びずじまいです。素直に使っていればよかったのかもしれません。

というわりに、人には遊びに見せかけて目的を持っているものを結構しています。リトミックもそうと言えばそうですね。
「遊びながらリズム感、音感をつける」のがリトミックですので。
でも別にリトミックをやらなくても一人で遊んだり歌ったり楽器たたいたり楽しんでいればいいのです。でも一人ではなかなか出来ない、、、そういう方はぜひリトミックへ。

















2014年8月3日日曜日

ピアノを弾く人の興味

ピアノ愛好家でもどんなピアノが好き、どんなピアノの話に興味があるというのは全然違います。

私はこうしてたわいもない事をブログに書いていますが、思わぬ反応があったり逆に全然反応なかったり面白いです。

これは元々の性格以外に、音楽的な経験よりどちらかというとそれまでの「ピアノ、音楽以外」のその方の生きてきた生き方が大きく関わっている気がします。

読んでくださる方のためになる事を書ければ良いですが、元々の性格に加えピアノ以外の経験や興味が一般的でない私のような常識がない人間が、多くの方が納得する、ためになるピアノの話題を提供するのは大変難しく思われます。

思うがままにわがままにたわいもない事を書いていますが、お役に立てたときはとても嬉しいです。





2014年8月2日土曜日

音楽の位置

美しい田園風景を久しぶりに見ました。
そこには鳥の声や蝉の声があり、その中に時々車のエンジン音も混じっていました。

芸術の分野では建築や彫刻、絵画があってそのあとが音楽の位置だそうです。空間を彩るのが音楽だそうです。

成育中の稲はさやさやゆれていましたが、音はありませんでした。
音はなかったのに、音楽が流れているようでした。





2014年8月1日金曜日

ステキに弾きたい

好きな曲が弾けるようになりたくてピアノを始めます。
「好きな曲が弾ければそれでいい」
私もそうです。もちろんそうです。それ以外ありません。
好きな曲さえ弾ければそれでいいのです。

Q:   じゃあそれだけやればいいじゃない、なぜ基礎の練習をするの?

 好きな曲を"ステキ"に弾くためです。
ピアニストがすいすい簡単そうにステキに弾いているのは、ちょっと薬味をプラスしたくらいの物ではないのです。基礎はすき焼きでいうところの肉みたいなもんです。

ショパンのノクターンの音が拾えたらすいすい弾けなくても満足というならそれで全然いいのです。それに充分癒されてください。
けれど「もっとステキに弾きたいんですがどうしたらいいですか?」と聞かれてしまうのです。

となると基礎なしでは無理です。
肉と一緒の白滝は肉の美味しいだしがしみ込んでいますが、白滝だけで煮てもそれは白滝の醤油煮です。
正確なリズムや拍はもちろん、「左手を弱く」「メロディを立てる」「速く」「歌って」、、、などなど所詮基礎がないと出来ないことです。

この間オペラ歌手の錦織健さんが
「声楽家は1曲を通して歌えるまでに体を作って発声をしてこれの繰り返しです」と言っていましたが、ピアノも同じです。

それって癒しでも何でもありません。
でもこれをやった人だけが、”ステキ”に近づけるのです。


基礎をやりたくなければそれはそれでいいのです。白滝の醤油煮を感謝して美味しくいただきましょう。白滝の醤油煮だって贅沢です。