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2014年9月29日月曜日

子どもの楽しいピアノレッスン

以前、私は知育玩具が嫌いだと書きました。
ですので子供のレッスンでも音符やリズムを覚えるグッズなどは使っていません。
これははじめてピアノの会のやり方って訳ではありません、念のため。

先生になりたてのころは色々使いました。
使わなくなった理由の一番は、大きな声では言えませんが、年をとってめんどくさくなったからです。

二番目の理由は「練習の仕方を覚える練習」と「嫌なことだけど必要だからやる努力」と「なかなか出来ないものをどうやったら出来るか考え工夫すること」を早いうちからすこしづつ覚えてもらうためです。言い訳がましいです。いえいえ、半分は本当です。

グッズを使わなきゃ覚えられないほどの苦労をするときは、譜読みはやらなくていいと私は思っています。まだ譜読みには早い時期です。そんな時期の子供には譜読みよりやりたいことがいっぱいあるのでそっちに時間を使いたいです。

でもちょっと頑張ればできる努力はしてもらいます。当然です。子供だって努力です。子供が音符を覚えるのは苦痛に決まっています。当然です。でも努力です。上達のために努力するという能力を育てなければ先が見えています。
無理をさせるのは良くないですが、実は子供の方がプラス1の地道な努力出来たりしますし。こちらがしつこく言えば、ですけど。

グッズを使うのが面倒くさいという負い目から、歌が楽しい、リズムが楽しい、弾けて楽しい、それだけで楽しいと思ってもらおうと私もグッズに負けないよう努力しています。


ピアノは「楽しい」だけでは弾けません。子供にとってめんどくさい事は苦痛ですが必要です。
先生でない親御さんにはだましだまし(笑)楽しく続けさせてもらいたいと思いますが、講師である私は、直球で音楽の魅力を伝え、それを自分で出来るようになるには努力しかないこともわかってもらいたいと思っています。
そして「努力は実る」ことを十年後、味わってもらいたいです。







2014年9月28日日曜日

秋晴れ

今日は夏の名残のような暑さがあります。
でも植物はどんなに暑くなろうともとっくに秋になっています。

大葉は見事に穂になりバジルは花を咲かせ種が出来てます。
夏の間地中に潜っていた三つ葉はまた新しい葉っぱをつけています。
ルッコラは辛かったのがすこ〜し辛みが和らいでます。

暑いだの寒いだの言葉にできる人間の方が鈍感ですね。

2014年9月27日土曜日

表現

昔は自分の感情移入が表現だと思っていました。
けれど年を重ねるうちにそれは違うと思うようになりました。

聞く側は自分のことと重ね、感情移入して聞き入ります。
けれど弾く側はそれではだめなんですね。あくまでその曲を伝える、これが表現だと思います。だから演奏は自己陶酔するのでなく情熱を持ちつつ客観的に冷静に。

クラッシックの器楽曲には言葉がありません。つまりメッセージという押しつけがないんですね。これはすごいことだと思います。聞いた人がそれぞれ自分の思いと重ねられる。

それぞれのもしかしたらバラバラの異なった感情を思い起こさせ揺さぶる何かがあります。

こねくり回しカッコ良く見せたい私とは真逆のクラッシック。
クラッシックをやっていると、自分の小ささを感じます。クラッシックの大きさを感じます。
クラッシックに出会い、才能のない私が今でも続けているのは、小さな自分を思い知るためかもしれません。

フルーツの秋

最近は丸ごとのスイカを買う人はあまりいませんが、この夏の終わりに「この夏最後のスイカ!」というフレコミに、フラフラと丸ごとスイカに引き寄せられて、丸ごと一個買いました。冷蔵庫がスイカだらけになりましたが、全然丸ごと一個いけることがわかりました。来年から丸ごと一個買うことにします。

その夏も終わり、今は秋のフルーツを堪能してます。
梨、ぶどう、いちじく、早生みかん。柿はもう少しお安くなってから。
フルーツを食べるとお腹をこわす方もいるようですね。私はそういう体質でなくてシアワセです。

2014年9月25日木曜日

時代の言葉

言葉は生きています。


私は若者言葉が大好きです。
高校生と話していると頭の回転の速さと言葉を生み出す創造性、流行をつかむセンスに脱帽します。とてもまね出来ない。言葉にはセンスが如実に現れます。ファッションはそれなりにらしく出来ますが、言葉は使いこなせないといけません。

言い方はその時代独特です。それがすこしでもずれると世代がかわります。
しかし「ナウい」が「なう」となって戻って来た時は本当に驚きました。

今、シニア世代に昭和歌謡が、団塊世代にはフォークソングが再び大流行しています。若者にも昭和歌謡やフォークソングは新鮮なようです。けれどシニアの方や団塊世代の方が「ものすごくいい」という感情移入と20代の若者のレトロ嗜好は、共感において少し違う。いや全然違う。だって、ああ上野駅と歌われても、電話に父親が出ると歌われても「???」ですよね。ナウいとなうは似て非なるものでした。

時代を時代の言葉で歌うポップスは、現代の日本の文明と文化の中で、笑ったり悩んだりの日々がそのまま等身大で歌われます。それだけに普遍的共感性がないと、残るのは難しいでしょう。

言葉も音楽も、時代というふるいで取捨選択され、残ったりあるいは新しい形にかわって発展していきます。ちなみにクラッシックはというと平安時代の文語の短歌でしょうか?クラッシックも文語の短歌も未来永劫残って欲しいものです。


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2014年9月24日水曜日

9,10,11,12,1月のイベントです

はじめてピアノの会の直近のイベントです
ご興味のあるものございましたら是非ご連絡ください!
詳細をメールにて送らせていただきます。info@hajimetepiano.org


9月19日  終了
  オペラを観る会 第2回  小金井市にて 500円


10月12日 参加者募集中!
  ピアノ弾き合い会  千代田区にて 1500円(非会員2000円)


10月15日 参加者募集中!
  清水はじめてピアノサークル体験会 清水市にて 無料 


10月29、30、31日 申し込み締め切りました
  サロンの会  目黒雅叙園にて会席午餐会付き14500円(非会員15500円)


11月12、19、26日 10/16より受付開始! 
  市民講座「はじめてのオペラ入門」全3回 小金井市にて 無料


12月22日 申し込み締め切りました
  クリスマス演奏会  小金井市にて 無料


1月未定 12月頃受付開始!
  千代田区ピアノサークル体験会  千代田区にて 100円資料代

 
日時未定
 中村誠先生「先生のための新しいピアノ練習法
        〜音色奏法入門〜」(スタイルノート社刊)出版記念講座
             ※ピアノ中級〜上級者とピアノ講師対象
            


  
  





関節の柔らかさと強さ

私は指の関節が柔らかいです。くねくねで、子供の頃ピアノの先生に「こんなくねくねの指じゃまともに弾けないわね、くねくねしすぎね、、」と声高らかに嘆かれていました。


関節が強くなりたいなぁとずっと思っていました。しかし、今教えるようになって、関節は強いだけではダメなことがわかりました。自分にあるものは気づかないものです。柔軟性は長所であって短所ではありませんでした。

関節の柔らかさと強さ。両方必要です。
サッカー選手は股関節や膝や足首がとても柔らかいですよね。
ボールにタッチする時は強さがないとボールに負けてしまいますから、もちろん強さも必要ですが、突っ張った強さではけがをしてしまいます。柔らかい強さ、でしょうか。

ピアノもそうです。
かたい関節をむりくり動かすと筋を痛めます。動きもぎこちなくなってしまいます。
昔卵を握るような手で、というたとえが流行りましたが、その形に固定してはピアノは弾けません。カチカチです。指が動かないという方のほとんどがカチカチです。

かたい方は私と逆で、強さはあるので柔らかさもあるといいですね。
弾く前だけではなく普段から関節が柔らかくなるよう指、手首、肘、肩のストレッチをししないと柔らかくはなりません。お風呂でもお家でも、そして電車の中でもカフェでも手関係は動かせますので是非普段からストレッチしてください。

私はいつでもストレッスしてないと手がかたまってきて気持ち悪いです。




2014年9月23日火曜日

無いものを嘆く

無いものを嘆くよりあるものに感謝する。

はい。
でもそれは散々嘆いたあげく、だと思っています。


少し前に求めないという本が流行りました。流行ると上っ面だけ一人歩きして、言葉だけ影響受けてしまいます。私に言わせれば人間求めなくてどうする、って話です。


あーあ、耳がもう少し良かったら。
手がもう少し大きかったら。
頭がもう少し良かったら。
顔がもう少し良かったら。

嘆くんです。際限なく。人間らしく。
だから電球も出来た。ケータイも出来た。
でも手が小さいとかかえられないものは仕方なく徐々に諦めていく。
耳や手や頭や顔の悪さも。

嘆いた果てに
悪い耳でやれる事をやる、小さい手でやれる事をやる。
嘆きに嘆いて、そのあとやれるだけ幸せだと気づく。

ようやく無いものを嘆くより有るものに感謝して活かす気持ちに行き着くというものです。

徹底的に嘆かなければわからないことってあると思います。
嘆くからこそ発明が生まれる。
でも嘆いても変わらないものなら変わらない事実を受け止める。
変わるものか変わらないものか、やってみなきゃわからない。
そしてもし変わるものなら変えていく、求めていく。

嘆いて求めて見つけるのが人生だと思っています。



2014年9月22日月曜日

9月

9月も半ばを過ぎました。
虫は嫌いですがこのカレンダーは虫って感じじゃなく見られます。ポスターとして気に入っています。


しかし、ここにいる虫たちのようなのが現実にはあらわれたら卒倒します。絶対見たくないです。
熱帯にはいるんでしょうか?熱帯魚ってカラフルですもんね。


ようやく亜熱帯の夏が終わり、こうしてちゃんと涼しい秋になって、「こんな日が来るもんなんだなあ」と感慨に耽る今日この頃です。

2014年9月21日日曜日

ピアノをやめて何をしますか?

「ピアノは向いてないからやめます」よく聞くセリフです。
じゃ向いているものは何ですか?向いてるものあるんですか?


こんないじわるな質問、面と向かって出来ないので書いてみました。
「向いていない」これはたぶんピアノにたいしてほぼ全員が一度は思うことでしょう。好きだから始めたけど難しくて自分には出来ない、と。

三枝成彰さんが、少なくとも自分の周りの音楽家は全員自分が音楽に向いてると思っていない、とおっしゃっていました。成彰さんのまわりって成彰さんを含め一流の音楽家ばかりです。

好きと思ってはじめても周りの人の方がずっと上手だと「自分は好きなんて言うのも恥ずかしい。だったらこれはやめてもっと人より出来るものを、せめて人並みできるものを探そう。。」そんなことを思います。私もそうです。ずっとそう思ってきた人生でした。


「探し物は何ですか?」と問う歌があります。
歌は続きます。

まだまだ探す気ですか?
それより僕と踊りませんか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?

探すのをやめた時
見つかる事もよくある話で
踊りましょう 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?



才能って探せばある、見つかると思ってしまうけれど、シビアなことを言いますが、ほとんどの人に才能は無いのです。一見ありそうに見える人でもそれが世の中で実を結ぶまでどれだけの努力をしてきたかってことです。続けられる人なんて、ほんの一握りです。
ほとんどの人が才能があるからやっているんじゃなくて、やり続けるから才能があるように出来るようになるのです。

ちょっとやって「向いてない」とやめてしまうと、また次も「向いてないからやめる」ことになります。向いているからやるんじゃなくてやるから向いてくる。
最初に好きと思った直感を大事に続ければ、おおげさな目標に到達は出来ずとも夢の中へいくことは出来る。
自分の体験からそう思っています。


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2014年9月20日土曜日

負けないピアノ

ピアノで負けず嫌いは大事です。
でも人に負けたくないはよくありません。
自分に負けたくない、の方です。

コンクール前には特に「人に負けたくないと思うといつか挫折するよ」と生徒さんに言います。せっかくの勝ち気とやる気にあえて水を差してます。

コンクールなど順位がつくものでは、音楽も人との競争であり勝ち負けです。しかし音楽の場合、ストップウォッチで計れる物でないのでそれを気にしすぎると自分を失います。

音楽は自分と向き合うこと。自分に出来ることできないことを認めそこから自分を鍛えていく強さが必要なのです。練習しないでラクしたいとか遊びたい眠たいこととの戦いでもあるし、「もう出来ない」とあきらめることとの戦いでもあり、また人の方が優れていること、自分が劣っていることを認める戦いでもあります。また、失敗をさらすことへの戦いでもあります。

そして「わからない」こととの戦いです。
楽譜は暗号です。何の音かとれてもどう弾けばいいか、わからないことばっかりです。
でもそこを考えてみる。この曲は何が言いたいのか。
正解はありません。人間正解がないことを考え続けるのって戦いなんです。
究極はなんで上手でもないピアノを私は弾いているんだろう、やめようかなとの戦いでもあります。
だれも答えを教えてくれない。答えは自分のなかにしかありません。


門下で一番、学校で一番、地域で一番、都や県で一番、日本で一番、世界で一番になっても、この戦いはきっと続くと思います。

負けないピアノは、負けを知っているピアノの気もします。





2014年9月19日金曜日

ピアノの反復横跳びについて 加筆

昨日ピアノの弾き方で、反復横跳びみたいなものと書きましたら、「横に指が滑る感じですか?」と質問され、これはいけない!と言葉足らずを反省しました。

手は横にスライドしますが、指はあくまで正面から弾きます。いちいち正面からです。
ドレミファと弾くときも指が横に流れないよう正面からです。一音ずつ真正面から弾きます。釘を打つ要領です。斜めからトンカチ打っても釘はきちんと刺さりませんよね。連続でトンカチで釘を打つと思ってください。肘ごと移動しているけど真正面から打つ。これです。

反復横跳びでもどんなに速く瞬間移動していても、足首はしっかり地面をとらえ前を向き足首で体を支えています。足首でささえるそのほんの一瞬って止まっているんですよね。だから倒れたりしないですみます。

説明が悪くてまた誤解されないか心配でくどくど書いてしまいましたが、わかりましたでしょうか?ご質問いつでもなんでもどうぞ。


よろしくお願いします。











ピアノってどう弾けばいいのでしょう

譜読みや暗譜、音楽性は別として、技術的なことのみでお話しします。

私が思うに

・瞬発力
・脱力
・体幹
・関節の柔軟性、指の柔軟性
・関節の強さ、指の強さ

だと思います。
動作に例えると体力測定でやった「反復横飛び」みたいなことです。

腰を低く体全体を瞬間的に移動させる。支えるのは足首の柔軟性と強さ。あの反復横跳びの手版です。

腕を動かす瞬発力がどれだけ必要か今頃になって気づきました。
指を動かすというより腕をさっとその場所に移動させる。
よく手首をひねって指先だけで弾いたり鍵盤から離れて指を飛び上がらせてたたいたりするのを見ますが、これはだめです。
野球選手が変な格好でボールをキャッチしたり、錦織選手がエアKとかってジャンプしたまま打ち返せるのは、プロの鍛え抜いた基礎があるからこそです。ピアノもひねったりジャンプして弾けるのは鍛え抜いたプロだけです。

移動は反復横跳び、じゃあ打鍵は?というと打楽器を思い浮かべるとわかりやすいと思います。
タンバリンを指先でなでてもきれいな音はなりません。またトライアングルなんて強い音を叩き付けたら音が止まってしまいます。真正面から、瞬間的に、針先で付くように大きな音も小さな音も一瞬力を入れたらすぐ抜く、これの繰り返しがきれいな音の出る仕組みです。

でもそのときに、ついよけいな動作をしてしまいます。力を瞬間的に入れたらすぐ抜く、が難しいんですよね〜。ピアノの鍵盤を押した後、力を抜くつもりで手をパッと上に上げるのは逆です。手はひとりでには上がりませんから(笑)明らかに力を入れています。

瞬間入れて瞬間で抜く。

手が小さくて弾けない方でも瞬間移動で解決出来ることが80%はあります。ドとミを同時に弾くとかはもう残り20%のムリな部分ですが。
5指をくっつけたままさっと腕を瞬間移動させる練習をします。それには肘の力が抜けていることです。力を入れる部分だけ入れて他は抜ききる。

ピアノは指を動かすという言い方をしてしまいますが、サッカーが足でなく脚であるように、肘や腕が重要です。そして最後が足のような指先の柔軟性と強さ。

ずっとピアノをやってるのに、ちゃんと弾けるようになるにはやることがまだまだいっぱいあります。




2014年9月18日木曜日

歌うように暮らす

「歌うように暮らそう~というのがありますがどのように暮らしたらいいのでしょうか?教えてください。」
という質問がyahoo知恵袋にあり笑いましたが、考えたら私もよくわかりませんでした。


そこで試しに、楽しい曲、悲しい曲、切ない曲、荒々しい曲などまとめて歌ってみました。”歩くような速さで”と言われたとき、歩いた方が感じがつかめるのと同じです。すると何かいろいろなことがわかってきました。

1)大きな声を出している
2)常に呼吸を深くしている
3)歌詞を延ばしたり速く歌ったり変化を付けている
4)それぞれの歌の主人公に成り代わっている
5)主人公に成り代わっているけど所詮他人の人生を客観的に歌っている

おおっ!
ただ単に楽しく暮らすをカッコ良く形容したのが歌うように暮らすだと思っていたら、なんか科学的な気がしてきました。

1)声帯の筋肉をトレーニングすることは究極の老化防止であり、またストレス発散に
2)呼吸は自律神経のバランスを整える。横隔膜は腹筋などの運動では鍛えられない
3)延ばしたり自然にリズムを取ることで、体のリズムを整え脈拍や血流をよくする
4)主人公に成り代わりその感情を充分味わえる
5)客観的になることで感情にのめり込みすぎず、反対にバカにもせず向き合える


私は子供の頃、親に怒られるとプチ家出をしてました。といっても近所をぶらつくだけです。怒られているので楽しい訳じゃありませんが、そのときよく鼻歌を歌っていました。きっと気を紛らわしていたんですね。そのときの気分を思い出しました。
親はしぶしぶ探しにきていましたが、今思うと、怒られて鼻歌歌ってぶらついている小学生ってとんでもないですね。親にはかわいそうなことをしました。

「歌うように暮らす」
大きな声を出し呼吸を深くリズミカルにうっとりしかし淡々と主人公になったつもりで暮らす、でどうでしょう?

いい発見なのでたまに思い出そうと思います。








2014年9月17日水曜日

静岡清水ピアノサークル無料体験会

静岡県清水市ではじめてピアノサークルの無料体験会を開催します。


日時 
10月15日(水曜日)午後

会場 
清水市内

講師 
中村誠先生(認定講師 「先生のための新しいピアノ練習法〜音色奏法入門」著者)



ピアノははじめて、やっていたけどずっと昔、、、そんな皆様、ぜひご一緒にピアノを楽しみましょう。音楽の基本からピアノの楽しみ方まで広く深く、毎日が楽しくなるピアノのサークルです。


詳細は info@hajimetepiano.org までお問い合わせください。

沢山の皆様のご参加おまちしています♪












2014年9月12日金曜日

ピアノと歌

幼稚園のお子さんがピアノの体験レッスンにみえました。

お母様はご自身の経験から、幼児期は歌が大事な気がするのですが、、、とおっしゃっていたので「正しいです!」と答えました。ピアノは幼児期に限らず「うた」です。


「なぜですか?」という問いがあること自体本当は不思議なことです。
なぜなら音楽とはうたのことだから。うたを楽器でうたう、それが楽器を奏でることだからです。

そのお母様は「何となくそう思っているんですが、歌で何が違ってきますか?」と続けられました。


ピアノはとてもメカニックな楽器なので、右手左手バラバラの鍵盤を瞬時に弾きまくる、
右手4個の和音の時左手別の4個の和音を同時に押さえまくる、など高度な運動機能が必要です。またそれを理解する頭脳回線も作らないといけません。
これがあまりにも難しいのでここにすべてが集中し、それが目標となってしまうのです。
なのでそれが成功すればピアノが弾けたとなりがちなのです。

しかしここで音楽は完全に忘れられています。
これが成功しても音楽としての魅力はないんです。大道芸ですごいスピードでジャグリングが出来るっていうのはそこが魅力ですが、ピアノは目指すものが違います。仮にピアノで超絶技巧を目指したとしても、超絶技巧自体オリンピックに出るようなものですからほとんどの人にそれは出来ません。

私たちが一番ピアノに求めるものは、心が癒される、励まされる、楽しいということなのです。
音楽としてのピアノです。
当然なはずのことが、ピアノでは音楽が置き去りにされます。
ピアノとは物理的な作業が難しすぎるため一番音楽を忘れがちな楽器なのです。

だからあえて歌なのです。
右手左手と頭や指を鍛えている間に失われる歌心。
「音楽を奏でるためのピアノ」という当然のことをめざすために音楽の基本である歌を大切にしなくてはいけません。


幼児のときもその後もずっと、です。













2014年9月10日水曜日

カルメン

奔放で情熱的な女性の代名詞カルメン。
カルメンになりたいとしたら生き方でなく、容姿です。
ナイスなプロポーションの彫りの深い美女?


実は原作とオペラではちょっとストーリーが違います。
オペラの方が有名ですね。
オペラの中には単独で有名になっている歌が沢山あります。
オーケストラなどで聴くのもいいですがやはり歌手による歌に圧倒されます。

ストーリーはよくありがちな話で結末も知っているのに、
その都度ストーリーに引き込まれ何回も感動します。

歌のないところはオーケストラがナレーション代わりになっています。
群衆の騒ぎの中でカルメンとホセが意識し合う場面では長調の曲に短調の曲が瞬間まぎれていたり、ホセが苦悩している背景にエスカミーリョの軽薄な曲がうっすら流れてたり、深刻な場面なのになんか笑っちゃいます。

そして照明です。同じ舞台でも照明の違いによって心理描写がなされます。オペラの生まれた頃はなかった技術ですから現代ならではですね。照明の効果は絶大です。

こんなふうに音楽やその他芸術が一体となってこれでもかってくらいその世界に誘います。それがオペラです。

2014年9月9日火曜日

ともだち

もし自分をわかってくれる友達がいないとしたら。


実は分かり合える人がいたら宝くじあたるよりすごいラッキーな事なんだと私は思います。自分のまわりにいる人なんて世界中の人のほんのほんの一部。よくご縁と言いますが、分かり合えるって話ではありません。ある意味修行だったりします。もしわかり合える人がそんな近くにいたら奇跡です。

だから無理をしてあるいは自分を殺してまで違うと感じる人とおしゃべりしたりお食事したりおでかけしたりする必要はないと思います。また無理して相手をわかろうとしなくてもいいと思います。

孤独はつらいけど耐える。
耐えるには本です。

周りの人に自分をわかってもらわなくても地球の反対側にわかってくれる人がいるかもしれないし、まあ、そんなとこにいても出会えないから、もう「いないもの」と思って世の中にある本をなんでも片っ端から読む。すると、ただ寂しさを紛らわす友達より、まわりの近いはずの人よりもっともっと自分の心に沿う人がこの世にはいることがわかります。

作者だったり物語の主人公だったり主人公の友人だったり。。

でも奇跡って起こるようになっているんですよね。
無理に合わせることなく本でも読んで自分を自分らしくさせていると、なぜか身近にちょっとわかってくれるおともだちが出来たりします。全部、ではありませんよ。自分じゃない人なのに、ちょっとでもわかってもくれるってそれだけでもう奇跡です。










2014年9月7日日曜日

やり抜く

錦織選手に「やり抜く」美しさを見ました。


すぐ疲れる私は何でも途中で「もう無理」と思ってしまいます。
あきらめてしまいます。

でも4時間もの間あきらめず挑む姿に感動しました。
といっても、それまでの何万時間の努力の後のたったの4時間、なんでしょうけど。
「そうだ、、、。私もがんばろう、これくらい」と思いました。
あ、これくらいってほんとにこれくらいなんです。

人と同じようには頑張れないけど、ちょっとだけ頑張ろうと思ったのでした。



2014年9月6日土曜日

指と指の間を広げる

いつも広げていないと指と指の間は広がりません。
何しろ日常生活ではものを取るとか掴むとかの動きで横に広げる必要ないですから。
簡単な曲しかやっていなくて少し難しいのを弾こうとすると、1番に気づくのが手がパッと瞬時に広がらないことです。普段は手って握ったり掴んだり縦の運動が多いですし、手は広げても指と指の間を広げることはないですもんね。

まずはいつでも手を指をもみもみして柔らかくしておいてください。
サッカーをやっている男子高校生、レッスンで1曲弾くたび、体をひねったり肩を挙げたり股関節を広げたり、ピアノと関係ないストレッチをいちいちしていますが(笑)、習慣なんでしょうね。

手の大きさはかえられないけれど、柔軟にすることは努力で出来ます。固いうちにピアノを弾きながら広げると、手首や腕に力が入って痛めてしまうこともありますので、指はピアノを弾きながらではなく、普段の生活で広げる習慣を付けてください。
電車の中で、テレビを見ながら、友人とおしゃべりしながら、お風呂の中で。
普段からそうやっていると、曲に出てきたとき、広げやすくなっていきます。

2014年9月5日金曜日

弾けるようになりたい!

昨日弾けたところが今日は弾けないどころか、朝弾けたのに夕方は弾けないなんていつものことです。
5分前は弾けたのに今は弾けないのもいつものことです。
これはまだ弾けていないってことです。
ポロッと間違える、をなくすのがどれだけ難しいか痛感します。
練習のみですね。

それに加えて一度も弾けたことがない箇所!
こっちはどうしたら弾けるようになるのかもわかりません。練習しても弾けるようになるとは思えない、、。
時間がないと焦るから「こんな悠長なことしてられない」とテンポを出して時間ばかりが経過して弾けないままというか崩れたまま今日も終わる、、、。

「練習しても弾けない」時、理由は2つです。
まだまだ練習量が足りない
まだまだ基礎力がそのレベルでない

もっともっと基礎力をつけたいです。
そして「練習すれば弾ける」ものを少しでも増やしたいです。

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2014年9月4日木曜日

最初と真ん中

最後は指!と書きました。
最初と真ん中はというと、心、脳、目、体、呼吸、首、耳、、、
いっぱいあります。


ですが、ピアノを習いにいらっしゃる方の100%が「最初が指」「真ん中も指」、そして最初から最後まで「大事なのは指のみ」と思い続けてらっしゃる方も残念ながら多いです。

最後は指、なんです。

音楽は耳で聴きますが、演奏する人は脳で楽譜をきちんと学習する必要があります。

目は次の音次の音を追う動体視力

体も呼吸も首も脱力

出来ているか確認するのはもっぱら耳

これが出来て最後は指!なんです。


ピアノに覆い被さるような力の入った体だと耳も聞こえないし右左自由に腕は動かないし指が動く訳ありません。ピアニストが曲想で体を動かすのは指の都合でペダルの都合で体動かしている訳ではありません。


指より先にやることがいっぱいあります。
腕や脚が胴体と離れて別々に動かせるよう手首が指が関節が柔らかくなるよう、まずは関節ストレッチをしてください。



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2014年9月2日火曜日

最後は指!

私は手が小さいので上手に弾けません。言い訳です。

手が小さいから弾けない、は水戸黄門の印籠みたいに使われますが、どんなに手が小さくても瞬発力と脱力でバリバリ弾いてるピアニストさん大勢いますね。
オクターブ以上の曲は確かに難しいかもしれませんが、一瞬でもオクターブが届く人ならその瞬間に指先がその鍵盤を捉えれば弾けるのです。
速いトレモロも一瞬鍵盤をとらえたらすぐ次、と瞬間移動出来ると弾けるのです。

鍵盤を押す速さ、離す速さなんだと思います。かと言って手首や腕を上げていたら遅れます。つまり最後は指先の力だそうです。指先が一瞬触るのみで芯をとらえた音を瞬時に出せるかどうかだそうです。手首も肘も腕も肩も瞬時に力を抜く。。

出来ません。
頑張りまーす。


2014年9月1日月曜日

晩夏

晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて   葛原妙子『葡萄木立』


このセンス、この感性、なにごとでしょう!!
こんな鮮烈なものでなくても歌人の目の付け所、言葉の豊かさには驚きます。
葛原妙子さんも好きですが、一番好きな歌人は稲葉京子さんです。短歌を読むと心が震えます。いつでもこれくらい感性を研ぎ澄ませておきたい、と思う時です。
短歌は日本最古の歌でもあります。
万葉集についてもまた書きたいと思います。






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