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2014年12月31日水曜日

ありがとうございました

今年が終わって新年が始まる。
続く時間のはずなのに気が引き締まります。
日本の大晦日とお正月ってほんといいです。
さすが日本です。

1年間ブログを読んで下さって有り難うございました。
来年もどうぞ宜しくお願いします。



2014年12月29日月曜日

宝物の中にあなたのこころはある 

 、、、と言ったのはショパン。

宝物と思うものには自分の思いが詰まっている。
大事だと思う物の中にこそ自分自身がある。
自分がなぜそれを好きなのか考えてみると少し自分がわかるかもしれません。
逆に嫌いな物があったとき、何故それが嫌いなのか考えると自分が見えることもあります。

今年ももうすぐ終わり。
今年も来年も繋がっているひとつの時間ですが、ちょっとしたきっかけには持ってこいです。

土を耕しながら、私はどんな花を咲かせたいのだろうと、どんな種を蒔いたらいいのだろうと改めて考えたいと思います。





2014年12月28日日曜日

種を蒔く前に

収穫するためには種を蒔かないといけません。
でもその前に、土をしっかり作っておかないと、そのあとどんなにいい種を蒔いても大きく育ちません。

土を作るには時間がかかります。
単純な作業ですが、時間がかかります。
うちは、生ゴミ処理機の生ゴミを土に混ぜてその上にまた土を盛って水をかけて日々水をかけて、時々混ぜる、を繰り返して熟成させます。単純なんですが、時間は必要です。

でもこれをやっておけば好きな時に好きな種が蒔ける。
忙しい時でもパラパラと種を蒔けば芽が勝手に出てくる。

冬休み。
どんな花が咲いて欲しいか思い描いて種蒔きの準備をしようと思います。

2014年12月26日金曜日

とびきりのロマン

私がピアノにロマンを持つようになるまで、相当の時間がかかりました(笑)。

ピアノやヴァイオリンを子供の頃からやっているのと、それらにロマンを持つのとは違うことです。出来ることが好きなこととは限らないし、好きなことがロマンになるとも限りません。

私は昔から不器用で人並みに何かを完成させるには人の何倍も時間がかかってました。
その中、努力をせずに出来たことも1つくらいありました。
もしかしたらそれをやったらよかったのかもしれません。

でも出来ることは努力しなかった。
やっぱり努力しないとダメなんです。
形 = 才能 × 時間

イヤイヤでも、やらざるを得なくても時間をかけたものが断然強いです。
時間をかけないと結局ダメです。
夢を叶えるには努力する才能といいますが、そういう事だと思います。

最初から大好きなものを一途に思い、やり続けることはもちろん最高にロマンチックですが、とりあえずでもなんでも、やり続けるというのもロマンという名にふさわしいとびきりのロマンだと思います。

どうぞやり続けて下さい。

2014年12月25日木曜日

作曲家をうらぎれない

クラッシックとは、一音一音にこだわり妥協せず何度も何度も納得がいく音を探し続けるもの。それを諦めてはいけない音楽。


理由は作曲家を裏切れないから。
大抵の人は、だいたいフォルテになってる、だいたいピアノになっている、とだいたいで「弾けた」ことにしてほんとのところ妥協している。でもスルーしてしまったその一音に作曲家がどれほどの思いを込めたか、、、。

音楽は言葉だからちゃんと使い分けて、その通りに弾かなきゃ、、、、。
私、全然出来てなくて反省です。


「怒っていないよ」と「怒ってはいない」は違うし、「嬉しい」と「うれしい!!」も違う。


来年は…と言う前に今日から頑張りまーす





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2014年12月24日水曜日

作曲家の仕事

作曲家の伝記を読んだり映画を観たりすると、作曲家が人生を賭して曲を書いていたのがわかります。作曲家はそんな大変な思いをしてもなぜ曲を作ろうとしたのでしょう?


クラッシックの作曲家はポップスの作曲家のように「メロディーが思いつく」だけでなく、伴奏やオーケストラのようなハーモニーが作れる、楽器の配分が出来る、それを楽譜に出来る、構成が出来る、時間が組み立てられる、など耳や感性はもちろん、相当の知的能力と、それを持続する体力が必要です。

それらの知識、技術、感性を最大限発揮して、無限な音の組み合わせの中からベストな一音を選びベストな位置に配置する。そんな気の遠くなるような作業の繰り返しでようやく曲が完成します。汗と涙の結晶です。


報道の自由と言う言葉がありますが、伝えたいことのために命をかける人がいる。
それと一緒です。一見、わがままな作曲家ですが、「美しさ」や「せつなさ」を伝えるために命をかけたんだと思います。戦争の悲惨さ、祖国への強い思いを伝えるのは報道ジャーナリズムだけではありません。

ベートーヴェンもショパンもリストもみんな作曲家は伝えたいことのために命をかけました。気楽で自由で思いつくまま作曲出来たと言われているモーツアルトの死の3年前のお手紙をご紹介します。
 「ヨーロッパ中の宮廷を周遊していた少年の頃から、特別な才能の持ち主だと、同じことを言われ続けました。目隠しをされて演奏させられたこともありますし、ありとあらゆる試験をやらされました。こうしたことは、長い時間かけて練習すれば、簡単にできるようになります。ぼくが幸運に恵まれていることは認めますが、作曲はまるっきり別の問題です。長年にわたって、僕ほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人は他には一人もいません。有名な巨匠の作品はすべて念入りに研究しました。作曲家であるということは精力的な思考と何時間にも及ぶ努力を意味するのです」



2014年12月22日月曜日

ピアノは愛情

料理は愛情という言葉があります。
食べる人のその日の体調を考えたり、次の日の予定を考えたり、お食事でお祝いしたり励ましたり、また温かさや冷たさを考えたり。

ずっと写真をお仕事にしている方が「写真は心。ピアノも一緒ですね?」とお話しされていました。同じものを撮るにしても心を込めるのと込めないのとでは違うものが出来るそうです。


ほんの小さな音ひとつで聴く人の心が満たされる事がある。
美味しいものを食べたときのように。
だからお料理するように、ほんの小さな音の一つ一つに気を配る。
あさりの美味しいお味噌汁でも砂が一粒入っていただけで台無しになってしまうから。
聞いて下さる方が「楽しかった!」「きれいだった!」と思えるように、、。


私はいろいろ説教っぽいことを言ってるわりに、行動が伴っていません。
このブログなんて恥の上塗りみたいなもんです。
今日、生徒さんたちの演奏を聴いてハッとしました。
終わりに向けて音色が優しくなっていたり、いきいきしたテンポで颯爽と終わってたり、すごく素敵で衝撃でした。
「私が忘れていることだ」と。


音符が多くなると一音一音への気配りがなくなってしまう。そんな気がします。
まだまだ初心に戻ってやるべきことが沢山ある。
改めてそう思いました。








2014年12月21日日曜日

室井摩耶子先生

今日は室井先生のコンサートに行きました。
先生の存在はピアノ界のレジェンドですね。
普通、生のピアノというとフォルティッシモの迫力に圧倒されるものですが、今日はピアニッシモの美しさに圧倒されました。
ちょっと間違えたりなんかしても(笑)、そういうの関係ないし!と思わせてくれる演奏です。
いやー、ピアノはセンスだなぁとつくづく思います。
そしてテクニックを持っていてこその表現だ、と思い知らされました。

テクニックのためのテクニックでなく、表現のためのテクニックに立ち戻る必要性をさらに感じました。

2014年12月20日土曜日

音楽を愉しんでいる人々

私はなにを隠そう、普段オフの時ほとんど音楽を聴きません。

世の中の音楽好きの方々は普段から音楽を愉しむ気まんまんで圧倒されます。
先日、高性能なヘッドホンで音楽を聴かせてもらったら素晴らしい音でビックリしました。
なるほど、と思いました。「音楽好きは違う」と納得しました。
私はイヤホンすら持っていません。

私が普段聴かないことについて、「仕事でいつも聞いているからじゃない?」とカッコいいことを言われますが
実は音楽を選んだり集めたり用意したりそして聞くためにスイッチを入れたりすることが面倒くさいのです。
相当のめんどくさがりです。

日常でラフに音楽を聴ける方がうらやましいです。
私もほんとは聴きたいんだけどな〜。




2014年12月18日木曜日

朝のお茶の時間こそ

私の人生で一番大切なことは、朝起きて日本茶を飲んでホッとすることです。
たいした悩みもなく普通の朝が迎えられる。
これが生きてる価値だと思います。


私は生きているあいだにこれだけは絶対にやりたい!と熱望するものが特にありません。
死ぬ前にこれだけはやっておきたい!ことも特にない気がします。ただ今せっかく生きてるので、出来ることをしようと思ってます。絶対にやりたいことがないので、そのときやりたいことを、そのときできることを、無理なく(笑)、でも出来る努力はしてやろうと思います。

楽しいことも贅沢も大大大好きですが、朝の豊かな時間はなにより生きている幸せを噛みしめる時間です。(あ、でもこういう人間に限って死ぬ前に「心残りだ!」とかってあれこれ悪あがきするんですよね)


10年使っています









2014年12月17日水曜日

満ちるまで

やる気がなくてもとりあえずやる。
そして一生懸命やり出すとやる気が出てきます。
掃除もそうだし勉強もそうだし。

ピアノもそうですね。
弾かないとどんどん弾かなくなって弾けなくなる。
でもそこで弾く。弾きたくなくてもとりあえず弾く。
そうすると少しずつ弾けるようになってやる気が出てきます。

愛されたいと思っている人もそうだと思います。
愛は愛されることだけでなく愛することでも生まれます。
とりあえず目の前の人に「愛」を感じる。好きじゃなくても(笑)。
そうしているうちに自然になんでも愛する習慣がつく。
そうすると愛されたいとか思わなくなるほどそこに愛が満ちる。

足りないものは自分で作る。
それくらい自分の生き方に責任を持って生きられたらいいなあと思います。


今日も読んで下さってありがとうございました。




2014年12月16日火曜日

サボらない、けどやれないときはやらない

こんばんは。
お寄りくださって有り難うございます。

つくづく習慣は大事だと思いました。
ブログにしてもお手紙にしても書くことは嫌いじゃないのに、書いてないと書かないことが習慣になってしまいます。上手になりたいことやこうなりたいと願うことは習慣にしとくに限ります。

でも、これが強迫観念になってしまうといけません。たとえば体調が悪いとか身内の事情とか休まざるを得ない場合もあります。
そんなとき、やりたいのに、やらなきゃいけないのに出来ないと思ってしまうととってもツライ。

なので習慣を付けつつ、そこに
サボらない、けどやれないときはやらない
という前提を付けておくといいですね。
 
なにしろピアノ弾く人はみんな真面目ですから!


今日も読んで下さってどうもありがとうございました。












2014年12月15日月曜日

12月

もう12月も半ば。
ずっとブログを書かないでいたら何書いていいかわからなくなりました!
10年ぶりに風邪を2回も立て続けに引きようやく治ってきましたが、自分が何者かよくわからなくなってます。

ええっと、、、。

とりあえず今日は最後の一枚!





2014年12月8日月曜日

伝統

伝統は自分一人で作る事が出来ないものです。
伝統とは一人の人間が点として豆粒として、長い時間をかけて育て守って来たものが形になったものです。

伝統は世界中に沢山あります。
でもいつの間にかなくなっている伝統もあります。

そしていつの間にか伝統となっていくものもあります。
一人の人間に出来ることはほんの少し。
歴史の歯車にもなれないくらい。
それが積み重なっていつの間にか伝統になる。

伝統を愛しつつ、とらわれずしなやかにさっそうとブレていたいものです。






2014年12月1日月曜日

目立ちたいとかたくないとか

今日、劇団の演出をやっていた方とその話になりました。


「目立ちたくても目立ちたくなくても人前でやるんだから目立つのは間違いない。でも、女優さんでもどんなに目立つのが好きでも何千人の前でやる事に恐怖を感じない人なんて一人もいない。人前に立つってことは、その恐怖を引き受けること」


探していた答えが見つかった気がしました。
目立ちたいとかたくないとかほんの入り口の些細な感情で、そもそも「目立ちたくない」っていうのは、実は目立つ事に伴う「他人からの視線」が怖いからそれから逃げたいってってことなんだと思いました。

読んでくださった方からのメールに
「ドレスが着たいからと思われてる、、?」と書かれていました。
「あの程度でドレス?」「あの程度で高い出演料払う?」 「素人のピアノでしょ」
そう、こんな外野の声。
間違えても忘れてもへたくそでもドレス着て目立てればそれでいい、、、
なんて誰が思うんですか(笑)
目立つことがどんなに心細く恐怖を伴うことか。。。

弾いた人は「いい年して 派手なドレス着てピアノはあの程度?」と苦笑されて、弾かない人は下手か上手か他人にはバレずに済む。どっちがお得でしょう?

バレずに済んだ人は昨日と今日と明日は同じ日、プラスマイナスゼロ。
弾いた人は本番前日は緊張して眠れないし当日はガチガチだし翌日はがっかりしたりものすごいマイナスでその上あの程度のピアノとか思われてさらにマイナス。けど、終わった後の例えようのない充実感や開放感を味わえたり次回こそ頑張ろう!って前向きになれる。何より挑戦した自分が誇らしくなる。そしてチャレンジする人に「ドレス着たいからでしょ」なんて思う発想もなくなる。

「目立ちたいからでしょ」と思う人は、目立つことに伴う恐怖に立ち向かったことがないんだと思います。挑戦する意味は成功という予定調和とは違います。

ドレスを着るのはTPO。それがクラッシックというエンターテイメント。日本舞踊はジャージで踊らないでね、ってことです。まあドレスでなくてもいいですが。


目立つことを引き受ける。
目立つことを受け入れる。
好きでも嫌いでも目立つことに責任を持つ。
そうしないと出来ないことが沢山あるから。

なんかそう思ったら気が楽になりました。
損か得か、決めるのは自分です。
ピアノは生き方です。
アマチュアピアニストという自分の在り方を他人に委ねてはいけません。