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2015年1月31日土曜日

忘れられない演奏

中2の時に、卒業生の方がショパンのノクターンOP90−2を演奏されました。


愕然としました。
ピアノってこういうものだったんだ、とショックを受けました。
自分のノクターンは何だったんだろうと。。

この曲は、ピアニストはもちろん発表会などで年上のお姉さんや同年齢の仲間が弾くのを何回も聴いていましたが、そんな風に思ったのははじめてでした。


キレイとかかっこいいでなく「感動」。


あの時、その方に「素晴らしかったです」と言いたかったけれど勇気がなくて話しかけられませんでした。あの時の感動は今でも鮮明に覚えています。
名前も知らないそのセンパイは、今はどうしてらっしゃるのでしょう。ショパンのノクターンの2番を弾くたび、「どうしたらあんな風に弾けるのだろう」と思います。

ショパンのノクターンは私にとってはじめての真の音楽体験です。


2015年1月30日金曜日

ブルグミューラー

最近また人気です。
曲もいいし練習曲としても見事に整っています。
題名とその曲での課題がしっかりマッチしていますね。


小学生の時、姉が弾いているのに憧れて早くバイエルからブルグミューラーにいきたい!と思っていました。牧歌、さよなら、帰路が好きでした。帰路は踊っていました。
当時はただそのメロディやハーモニーがステキだと思っていましたが、曲の構成がわかるようになって、物語が音形や和音のひとつひとつで表現されていた事に驚きました。
複雑な和音はありませんが、だからこそ基本に最適です。

それこそ譜読みが出来て弾けるつもりになってましたが、今弾いてもまだまだ課題が多い25の練習曲です。

当時あまり好きでなかったアラベスクやせきれい、舟歌もいいですね。
テクニックも鍛えられるし表現力も機能和声も養えるブルグミューラー。
ソナタを弾くくらいの大人の方にこそ弾いていただきたいです。






2015年1月29日木曜日

ヒヤシンス



ヒヤシンスが咲きました。
香りがとってもいいです。
一番寒いこの時期に花を咲かせてくれる。
花には希望があります。






2015年1月28日水曜日

お金が絡む

今の世の中で一番エネルギーを持っているのは音楽、でなくて愛、ではなくてお金だと思います。
私は、お金が絡むのは悪いと思っていません。
お金が絡むからこそ見えてくる真実があると思ってます。
お金が大好きな私にとってお金を失うことは耐え難い苦痛ですが、
これがよくあります。
今までそういう時は、損したとか騙されたとか相手を悪者扱いしてきたのですが、
最近になってようやく気づきました。

お金を失っていない人はその分勉強しているんだと。
お金を出さず時間もかけず苦労もせず努力もせず、実はちゃっかり他人のふんどしで相撲を取ろうと目論んでいた私は損してあたりまえでした。損して公平というものです。

お金のかわりになるエネルギー、たとえば頭を使うとか知恵を出すとか時間をかけるとかそれらも使わずに上手くいかせようなんて、それではお金を使ったり頭を使った人が損します。

物事を短時間で頭を使わず労力も使わず進めても良い結果は出ないのはピアノに限りませんね。

2015年1月27日火曜日

プロは

プロとアマチュアの違いは人を楽しませるのを一番とするかどうかだと思います。

アマチュアは自分が楽しければいい。
でもプロは聴いてくれる人が気持ちよくなるように弾かないといけない。

かといってクラッシックは聴く人に媚びて作曲家の意図を無視するような事はしてはいけない。

このあたりを矛盾でなく共感として伝えることを極めるのがプロなのかと思います。
この曲はこういうもんだと独りよがりな演奏は聴く人をしらけさせるし、逆に聴く人に合わせ過ぎて崩しちゃうのは作曲家を冒涜している事になります。

プロとはいろいろな要素が必要ですが、作曲家と聴いてくれる人両方が喜ぶような演奏が出来る、というのも大きな要素だと思います。


2015年1月26日月曜日

良い指

コントロールが出来る指


速くはもちろんゆっくりも思いのままに指を動かせるようになりたいですね。

鍵盤に触ったまま、ゆっくり力を抜きながら、手首は使わず指だけで鍵盤を戻す練習がいいようです。


私も練習中です。

2015年1月24日土曜日

クラッシックはハイクラス

クラッシックの演奏家がそれだけで生活するのは、本当に難しい事です。

最近はクラッシックでも美男美女の演奏家が増えて目の保養にはなりますが、顔目当てでコンサートに行っても万人受けする曲を弾いてくれる訳ではないので、ポップス歌手のような人気者にはなれません。

クラッシックはお高くとまっているとかイヤミを言われます。
実はその通りクラッシック音楽には「上等でハイクラス」という意味があります。ですので、お高いのはイヤミでほなく事実です。

しかし、これは決して悪い意味ではないのです。
モーツァルトやベートーヴェンの音楽に対する敬意であり憧れです。それをやっている自分が上等でハイクラスでハイレベルな人間だと言っているわけではないのです。

ニーズがあるポピュラーさえあればいい、という意見もあるでしょう。けれど、クラッシックにこだわるのは、「上等でハイクラス」だからです。天才と言われるモーツアルトでさえ、自由に思いつくまま作曲していたのではなく、ちゃんと和声も対位法も学んでいるのです。そうするには理由があります。

J-POPの軽快な曲をヴァイオリンで繊細に演奏したり、オーケストラで壮大に演奏したり、はたまた打楽器を多用して民族音楽風にアレンジするのは、すべてクラッシックのなせるワザです。
クラッシックは嫌いという方も、この豊かな音楽性には脱帽のはずです。映画に使われる音楽は現代のクラッシックです。スターウォーズがポップスだったらイメージ変わっちゃいます。クラッシックは主役も出来れば脇役や引き立て役をしっかりこなせる実力派俳優みたいなもんです。これこそハイクラスならではなのです。

ハイクラスになれない私だからこそこれからもハイクラスを大事にしたいと思います。



2015年1月22日木曜日

指先に心を宿らせる

ピアノの場合、イメージを表現する手腕は、指先にかかっています。

いくら歌うことが大事でも指先がうっかり別の事をしてしまうと、別のものになってしまいます。

ピアノは心で弾くとか脳で弾くとか耳で弾くとか体全体で弾くとか色々言いますが、結局は指先です。ガラスの破片の突き刺さった血がしたたる指先でピアノは弾けません。

指先を鍛えましょう。


2015年1月21日水曜日

ピアノの悩みって

「練習しても上手にならない」がピアノの悩み一位とか。


いえ。
その悩み、「練習したらいつか弾ける」と思い過ぎてるだけかもしれません。

ピアニストが弾いているとカンタンに聞こえます。
プロもアマも同じ楽譜を見ているので、楽譜が読めた時点で弾けるような錯覚に陥ってしまいますが、それは違います。プロのような演奏はプロだから出来るのです。短い会話でも母国語の人と母国語でない人では発音が違う、そんな感じです。どんなに音符が読めようとどんなに短い曲だろうと、弾けないものは弾けません。バレエダンサーは立ってるだけで歩いただけですごい。じゃ、3歩なら素人も同じように歩けるか変わりないかっていうと、そんな訳ないですね。プロのピアノもそういうもんです。

上手になる事を目標にするのは当然。
でも、最初は練習するほど上手になっていたピアノもしばらくすると「練習しても上手にならなく」なってきます。レベル1で弾けなくなる人、レベル10で弾けなくなる人、レベル100で弾けなくなる人。。残念ながらレベルの差こそあれみんなそこに行きつきます。

大人がこの悩みを解決するにはまずはピアノはものすごく難しい楽器と認識する事です。そして「そんな難しいピアノは練習したからって全員が上手になるものではない」と潔く認めることです。
練習したら弾けるってもう天才です。
能力的にも時間的にも肉体的にも精神的にも。
100メートル走20秒の人が練習して10秒になるって天才です。
100メートル50秒の私は練習しても30秒限界です。そこで悩んだところでもっともっと練習したところで速くなりません。


「練習しても上手にならない」は当然の事です。
それでもピアノを楽しめるかどうかの方が大事です。















2015年1月20日火曜日

負けず嫌い

人間は本来は負けず嫌いだと思っています。
小さな子のレッスンをしていてしみじみそう思います。

でもだんだん人に負けることを覚えていく。
そして、負けず嫌いだと生きるのが辛くなるから
負けず嫌いじゃなくなる。
負けても別にいいやって思うようになる。
はじめから競わないようになる。
はじめから参加しなくなる。

スポーツ選手はみな負けず嫌いですね。
負けるのが嫌いな人だから頑張れたというより、
負けても最後は勝てるから選手になれたし負けず嫌いでいられたんじゃないか、と私は思うんです。

でもフィギュアの高橋選手が今日言ってました。
負けることを覚えたと。
負けることを覚えて成長出来たと。
年齢に負ける、体力に負ける、若い選手に負ける。。

結局人間は勝ち続けられません。
どんな人も負ける。
だから負けても仕方ありませんね。
負けてもいいんだと思います。

だけどちゃんと参加して闘って負ける。
これが人を成長させるんだと思います。




2015年1月18日日曜日

脱力が出来ない、、

よく「脱力が出来なくて、、」と聞きます。

なので今日は脱力について書いてみます。
と言ってもこうやったら出来ます、と言うお話ではなく、頭でわかって出来る代物ではない、簡単に出来ると思うな、というお話です。私も出来ていません。


そんな難しいのに脱力が必要な理由は、腕が疲れるから、肩が凝るから、だけではなく脱力出来ると美しい音になる事と、速いパッセージが弾けるという事です。力が入ってると音がカチカチになってしまいます。ミスタッチも多くなります。
でも全く力が抜けちゃってたら音は鳴りません。力が入る時間をいかに短くするか、が脱力でしょう。時間で言うと1秒力が入っちゃったらもう脱力ではないです。ほんの一瞬のみ、力が入るってことですね。道具を使ったスポーツ、テニスや野球もそうみたいです。けれど難しいのは叩く鍵盤の場所が決まってるし右も左もだしすごい音符の量だし鍵盤を叩いて指を離すと音が切れてしまうので力を抜いても鍵盤は押さえていないといけない。どんなに速いパッセージでも1音1音力を入れて抜く入れて抜くの連続です。これは相当難しい。

これを出来るようにするのは大変な作業です。そうです、浅い考えで簡単にイイ事はできないのです。脱力ってしなやかで柔らかくも、礎となる部分の真の支えがないといけない。鍛錬が必要なんです。

大変ですよね。
私が思うに、脱力っていわゆる一つのピアノ奏法の流派であり流行です。私が子供の頃かつての日本ではハイフィンガーという奏法が流行ってました。今はハイフィンガーは悪の権化みたいに言われてますが、みんなそれでそこそこ弾いていたんです。そこそこなら問題ないんです。力が入っててピアノが弾けるのかと聞かれたら弾けます。

脱力はちょっとやればできるかな、くらいで出来るものではないので、そこまでせずピアノを楽しみたいという方は、疲れたら休む、疲れる曲は弾かないくらいの気持ちで、脱力に惑わされずピアノを楽しんだ方がいいかもしれません。


脱力奏法と一口に言っても色々な流派がありそれぞれが違います。
それらが永久不滅のメソッドではないのです。
あと50年後、私たちのあとの世代はもっと「キレイで楽に弾ける」奏法で弾いているかもしれません。




2015年1月16日金曜日

音色奏法ワークショップ 初級編

2月22日のアルテワークショップに変更があります。


「表現力をつけるピアノ音色奏法」中上級者・講師向け 無料

           ↓

「表現力をつけるピアノ音色奏法」初級者向け 会員500円非会員1000円(資料代含む)



初級者の方からのご要望が多かったので今回は初級者向けにしました。中上級者・講師向けは改めて日にちを設定したいと思います。
初級者という事でテキストでなく資料をこちらで準備いたします。テキストをご希望の方にはお譲りします。


時間場所は同じです。

  2月22日(日) 13:00〜15:00 都内


お問い合わせ、お申し込みはinfo@hajimetepiano.org

まで

2015年1月15日木曜日

決断するということ

フィギュアの選手の世代交代が進んでいます。
スポーツ選手には必ず引退の日が訪れるのでしょうが、表現者の、アスリートの自分を卒業するのって大変な決断だなあって思います。

何に対しても未練がましい私は「もう表現しなくていいの?競わなくていいの?したくならないの?わたしなら決められない」といつも思います。

麻薬のような表現の世界から、勝ち負けの世界から足を洗う、、。

私はピアノを弾いたり教えることをしたいし
また法人としてもやりたい事が沢山あるし
プライベートの時間もとても大切。

この年になってもどれも手放せないで全部中途半端であたふたしています。
(あ!1個手放した事ありました。内緒です 笑)













2015年1月12日月曜日

はじめてピアノサークル体験会

はじめてピアノの会のサークル体験会があります。


・いつかピアノを弾いてみたいと思っていたかつての少年少女
・少しやった事はあるけどずっと弾いていないかつての少年少女
・娘のピアノが物置になっていてもったいないかつての少年少女
・認知症予防のかつての少年少女


のかた、体験会にいらして下さい。
ピアノテクニックの基礎の基礎を中心にじっくりねっとりお勉強します。
 

1月28日(水曜日)


千代田区

参加費100円

講師は私です。



詳細はお問い合わせください。
info@hajimetepiano.org

お待ちしています!








自分との対話

大事なのは自分との対話だと思います。

ピアノでも先生の指導を受ける、やり方を教わる、技術を習得する、、、。
そのあと。大事なのはそこからです。
音楽って技術を道具としていかに使っていくかってこと。
もちろんその技術の習得をおろそかにしては、いいものは決して生まれないのですが、
そっちばかりにこだわっていては音楽ではないから。
尊敬出来る先生とそうでない先生の違いは個性を認めてくれるかどうかじゃないかと思います。

悲しい事に技術には個人差があるし、限界もあります。
出来る努力はする。でも出来ることの後には個人個人の違いを認めて、
そこから好きな表現をしていったらきっと音楽も人生も豊かになるかと思います。

人の意見を聞く事も大事だし、それを実行する事も大事。
まずは徹底的に観察して聴いて真似る。
でも最終的には自分の心の声を聞かなければ。

こうしてわざわざ言うのも、私がとんでもなく流されやすいからです。
なので私は時々あえて「私の心はなんて言ってるだろう」と自分の心の声を聞くようにしています。
そのつもりはなくても権威だったり、見栄えだったり、その時のブームの考え方だったりにすっかり染まっています。
時代に合っていないと生きづらいです。でもだからって時代や人に合わせすぎたら自分を失います。自分を失ったら世界はないのです。


自分の声を聞きながら、生きにくさは小さな誇りとして、時代の波にちょっとだけ抵抗して、あんまりは抵抗しすぎず、ふわふわと乗っていけたらなと思います。




2015年1月10日土曜日

子供とピアノ

子供が音楽に合わせて体を動かす。
テレビの歌を一人で鍵盤で探って弾く、、、。

お母様は『天才かも!?』って思うかもしれませんが、すみません、普通です。

なぜわざわざ、こんな夢を壊すようなことを言うかというと、これくらいでピアノが弾けるわけではないからです。そのあとがもっともっと大変です。
才能があっても才能×時間でやっと形になります。
もし子供に才能があったら、ずっと努力させていく覚悟も必要だし、時間もお金も沢山かける覚悟も必要になります。だからと言って将来成功するとも限らないという覚悟も必要です。

才能がありそうだから、ではなく人生を豊かにするために子供にピアノをやらせてあげて欲しいと思います。ピアノを楽しむためには特別な才能は入りません。

2015年1月9日金曜日

表現力をつけるピアノ音色奏法ワークショップ

アルテの会のお知らせです♪

「表現力を付けるピアノ音色奏法ワークショップ」


2月22日(日曜日)午後13:00〜15:00  中上級者とピアノ講師向け
      (初級者向けは3月に予定しています)

講師 中村誠 

武蔵野音楽大学ピアノ科卒。卒業後、声楽および合唱指揮を山田実氏に、並びに作曲を須磨洋朔氏に師事。その後、私学の小、中、高、音楽の教師を長年務めた。現在はピアノ音色奏法研究所を開設し研究執筆。著書「先生のための新しいピアノ練習法・音色奏法入門スタイルノート社刊(アマゾン・ピアノメソッドランキング1位獲得)


参加費 無料

場所      都内

テキスト 「先生のための新しいピアノ練習法・音色奏法入門」
      2700円 (会員割引価格2500円)

お申し込み info@hajimetepiano.org はじめてピアノの会まで
      
テキストは当日会場で販売いたしますが、ワークショップ形式での講座になりますので、事前にテキストをご一読くださるとよりわかりやすいと思います。ご希望の方には郵送致します(送料100円)。


シューマンやグルリットの小曲を用いて、和音に色を付けたり、具体的な演奏法をご指導いただきます。「楽譜は読めるし指もある程度動くけど、どうも音楽的に弾けない、、」という方は一度この音色奏法を試してみてはいかがでしょうか?
またピアノの先生には、生徒さんへのアプローチの参考になると思います。

テキストを読むだけではわかりづらい部分も、塗って弾いて聴いてみるワークショップ形式でわかりやすく体験していただけます。

また終了後は、ピアノ講師同士で、レッスンでの音色奏法の活用法や日頃のレッスンの悩みなど気軽にお話する「ピアノ講師の会」も開催します。

初めてで緊張しちゃうって方も是非ふるってご参加ください。
お申し込みの方には詳細お知らせいたします。

お問い合わせも下記まで
info@hajimetepiano.org  一般社団法人はじめてピアノの会  まで
















       

ピアノの先生の選び方

ピアノには生き方が出ます。
何を大事にするか、取り組み方、性格、経験、育った家庭…。

先生を選ぶ時、教え方や音楽性を見てらっしゃると思いますが、その見方にはその方の人生観が出ています。音楽面では先生の生徒さんを見ると、上手だけど厳しそうとか楽しそうでも上手じゃないとか(笑)わりとわかりやすい部分はあります。

でも私は個人的に、それに加えて生徒さんが多様性をもっている、というのが大事だと思っています。同じような弾き方、楽しみ方が一種宗教に聞こえてしまうのは私だけでしょうか?全員同じように上手で全員同じように楽しそうだと自分も「同じように」ならないといけない気がして不安になります。全員上手ってあり得ないと思います。私はピアノは個性を生かしてこそだと思います。下手も個性のうちです。自分の弾きたいピアノを弾く手助けをしてくれるのが先生ですので、そこを大事にしましょう。

先生が演奏し続けていることも大事ですが、実は、先生をしながら人前で演奏することは、時間の確保や違うメンタルの使い方などとても難しいので、教える事がおろそかになっている可能性もあります。しかし、日々の練習の大変さ、基礎の大事さ、本番にのぞむ緊張感は演奏をし続けていてこそわかります。ピアノの楽しみも苦しみも人前で弾いてこそです。この辺りは臨機応変に見ていくといいですね。

また自信と謙虚さの両方あることも大事です。
努力と継続の結果は自信ですが、音楽は決して完成するものでないので謙虚でないと学び続けられません。70の先生も80の先生も。

と言っても先生が違っても何も変わらない事もすごく多いと思っています。なにしろピアノは生き方ですので、大人の方はそれまでのご自身の生き方で知らず知らず「自分のやり方」を通してしまいますし、子供の場合は養育者の生き方です。まずは、先生の言うことを素直に受け入れてやってみると逆に自分と合う合わないが自ずとわかります。

その先生でやれる事をやって「この先生は違うかもしれない」と思ったら、その先生を卒業してもいいと思います。先生には申し訳ないけど、何のためにピアノをやっているかと言ったら、先生のためでなく自分のためですから。やっぱり人は自分の潜在意識が行きたい方向でなければ、ついていこうというモチベーションになりません。

あ、それとこのあいだテレビで言ってましたが、音楽ばかりやってると変わり者になるのはしょうがないらしいです。だいたいピアノの先生は変わってます。ここは暖かい目で見ていただけますと有難いです。




















2015年1月6日火曜日

自分の頭で

宗教って、だいたい良い事言ってます。
でも皆同じ方向を向かせる。
正しい、悪いを教祖が決める。
そうなると一人一人が自分の頭を使わなくなってしまう。
いい事言えばいいってもんじゃないんです。

断捨離や癒しや楽観的になろう!なんていうのも「正しい」と思い込んでしまったら宗教です。

ほんの少し前は、物を大事にして勤勉で几帳面なことが褒められた時代でした。
すぐ物を失くして、ずぼらな私はいつも叱られていました。それが今はおおらかでいいわねとか、内心イラッとされてるかもしれませんが許していただける時代になりました。私にしてみれば生きやすい時代になったもんです。国の宗教が変わった感じです。ラッキーですが、冷静に「私が評価されてる訳じゃなくて時代だからね」と眺めています。

一つの考えだけを信じるよう仕向けるのは、内容に関係なく一種の宗教です。宗教じゃないフリをした宗教には気をつけたいものです。


2015年1月5日月曜日

自分を見つめ直す

12月に「来年の抱負」を考えようと思った時、その前にまずは今の自分を見つめ直さなくては、と思いました。
そういうわけで、自分を見つめ直す月間が続いています。


私は、見た目を気にしないいい性格だと思っていたのですが、スポーツインストラクターの友人に「年取ってステキな女性は全員外見をきれいにしている」と聞き、これは悪い性格だったと思い直しました。

服とかダイエットとかお化粧とかお手入れとか髪型とかちゃんと努力をする精神が美を生むそうです。
努力しない精神が美を遠ざけるそうです。

なるほど。
それでは新年を迎えるにあたって見た目を整えようと、年末いつも行く美容室に行ったらつぶれていました。
ここの美容室に初めて行ったとき、私は生まれてこのかた標準語しかしゃべった事がないのに「大阪出身ですか?」と聞かれ、カットしてもらった翌日、自転車に乗っていたら職質されました。そして「年配の方はあまり自転車の盗難はしないんですけど一応」と言われました。

新しい美容室があったのでそこに行きました。
前髪を眉の2センチ上くらいまで切られ「ステキになりましたね」と言われました。「大阪ですか?」の美容室が行きつけだった間に、世間では新しい美意識になっていたようです。自分では到底ステキに見えないけどよしとしました。

あとはお洋服とダイエットとお肌のお手入れ。

寒いのでおしゃれなお洋服は春以降ってことにして、ダイエットは頂戴したお菓子がなくなってからってことにして、お肌のお手入れはおいおいってことにしました。

自分がわかった気がします。

















2015年1月4日日曜日

自分はどんな人

自分はどんな人ですか?

私は人を見る目がないのでだいたいこんな人だろうと思ったのがだいたいハズレます。仲良くなって相手のことがわかってくると最初に自分が持った印象と全然違ってたってことがよくあります。
だからと言って困りはしません。

私は自分のことを真面目なロマンチストだと思っています。おおざっぱですが真面目で、ドライですがロマンチストです。でも人にそう言われたことはありません。
と言ってもそれで困ることはありません。

結局、自分「像」も他人「像」もあってもなくてもいいってことでしょう。

「自分を変える」と言う言葉がありますが、本質は変わらないと思います。
おおざっぱな私は絶対几帳面な性質にはなれません。
でも几帳面な人がやるような仕事を、几帳面な人の何十倍も注意しながら目指せば1回くらいは出来なくはないと思います。これは私は変わらなくても変えられるって事だと思います。

一歩ずつ、薄紙を一枚一枚重ねるように、無理をせず出来ることをしていく。
そうすれば自分は変わらないけど自分の殻は破れるし自分の枠は超えられる。
それが可能性でありチャレンジなんだと思います。


今年はこの小さい器を少しでも大きくしたいものです。


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2015年1月3日土曜日

自分の価値は

私が褒められることと言えば「ピアノが弾けてすごいね」くらいでした。上手に、は入っていません。それでもピアノ=自分の価値でした。


私が自分を好きなのは自信があるからでなく、こんなんでしょうがないな、という「出来の悪い子ほどかわいい」みたいな心理です。本当は自分に全然自信がありません。

こんな程度ですが、ピアノがあるとないじゃ大きく違います。
「ピアノをやめた自分」は想像出来ないほど怖いです。
ピアノが弾きたいとかじゃなく、ピアノが弾けない「価値がない自分」感が半端ではないのです。なんの魅力もないダメ人間が際立ち過ぎます。

この話をしたら「それはもはや依存症だね〜」と言われました。確かに。
ずっとこれが大きな理由でピアノをやめられませんでした。

今ピアノをやめる気はありませんが、今年はねちっこさは置いておいて、颯爽とピアノとつきあっていけたらいいなと思います。

2015年1月2日金曜日

時の重さ

私がこの世で神秘だと思うものの一つが時間です。

体操の白井選手のお父様が、本当の体操選手になるには10万時間が必要と言っていました。10年でなく20年やって初めてわかると。
ピアノも出来るようになるまでは1万時間ですが、理解するには確かに20年はかかると思いました。

時は金なりと言います。
時間ってものすごい価値があると思います。
どんなに質が高くても時間をかけなければダメな事ってある。
どうにもならないと思っていたことも時間が解決してくれたりする。
時間にはお金にも何ものにも換え難い神秘が存在する気がします。

悲しかったことも嬉しかったことも時の彼方へ。
新年は新年で、また新しい喜びとちょっぴりの切なさで満たしていきましょう!