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2015年2月28日土曜日

格差

格差社会と言いますが、日本の貧富の差などはそうでもないらしいです。

こういうと反感を買いそうですが、私は仕方ないと思っています。
頭がいいとか顔がいいとかももちろん、元がお金持ちとかはやはり神様の采配だと思うのです。選べるならみないい方を選ぶ。けど選べない。それにはやはり意味があるような気がします。
すごく頭がいいのにお金がなくて進学出来ないとか、すごく音楽の才能があるのに顔がいまいちで売れないって悔しい限りです。が、頭も悪くてお金がない人や才能なくて顔がイマイチの人もいる。選べないことは色々あります。自分は何も持っていない、ハンデばっかりだという人もいるでしょう。でも私たちは日本に生まれたってだけでだいぶラッキーだと思います。

努力しても出来る事と出来ない事はあるものです。
私が頭がよく顔がよくスタイルも良くお金持ちで音楽も出来るように生まれて来て、、、ないことには、やはり意味があるように思います。神様はその場所に私を選ばなかった。そこには意味があると思います。

整形してもムリして勉強してもギャンブルにはまってもピアノ弾きまくっても変えられないものがある。
頑張れば、あとは政治が変われば格差が全くなくなるなんてことないと思います。
それは不平等だけどそれは神様のなせる技。その与えられたものの中で自分がどれだけ楽しめるかだと思います。



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2015年2月27日金曜日

はじめてオペラの会

オペラに縁もゆかりもなかった地域サポーターのOさんが「冥土の土産にオペラを学ぼうと思う」と言い出したので、「じゃあ素人のOさんには素人の私が教えてあげます!」ということで夏にオペラの解説会をしました。

Oさんが「これは他にもお土産にしたい人いると思う」ということで地域の方にオペラ解説会をその後3回して、考えたらお土産を持っていくまでにはまだまだだいぶあるということで、今後も有志の方たちでどんどんお土産を増やしましょうと、この度「はじめてオペラの会」が出来ました。


ピアノは何でも出来る楽器の王様ですが、声はそれに対して豪華一点主義っていうやつです。すごい楽器です。

とともにオペラには歌のほか、演劇、オーケストラ、舞台美術、衣装と色々なものが含まれていてとてもわかりやすいのです。ピアノは一人で弾いていますが、実は、歌い手が変わった、舞台が変わった、衣装はこんな、ってことを右手左手、音の高低、音色で、表現しているんです。「ここはソプラノの人」「ここはヴァイオリンからビオラ、チェロって引き継いだ」って歌手やオーケストラがやる事を一人で表現しているのがピアノです。

そんなふうに見れない、わからない、という方もオペラを見ていくと知らず知らずそんな感覚が身に付きます。オペラでなくても歌だけでもそれはわかるようになります。ピアノを弾く方は是非歌を聴いて下さい。

ピアノ曲で、登場人物や情景を想像出来るようになると、アレグロはメトロノーム120とかフォルテって書いてあるから強くするとか覚えるよりずっとステキな音楽になります。また息づかいやテンポの揺らぎは歌を知ればわりと簡単に出来るようになります。

第1回は4月1日(水曜日)武蔵小金井10:00〜です。
DVDを見ながらの解説とソプラノとピアノの生演奏という贅沢な組み合わせです。
詳しく決まりましたらまたこちらでお知らせ致します。




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2015年2月26日木曜日

カーネーション


カーネーションが咲きました。
このところ暖かかったですからね。

昨春から食べ続けているルッコラは最近さらに勢いを増してつぼみらしきものまでつけてます。冬中毎朝ルッコラを食べました。昨春から途切れる事なく毎日食べ続けています。これでルッコラに花が咲いて種が出来たらこの循環は永遠に続く予感がします。もう一生ルッコラを食べるに困らないかもしれません。

植物の育て方は難しいような簡単なような。
最初は上手くいかない事が多いです。水を好む植物もあれば1週間に1度でいいものもある。1年単位で覚えてその植物に向いた育て方がわかるようになります。このカーネーションも当初、私の無知から日光不足でずいぶん花を落としてしまいました。でもその後たくましく立ち直ってまた花をつけてくれました。

人間はそうは出来ません。はじめての子どもではお母さんはもとからお母さんではなくお父さんはもとからお父さんではないビギナーです。また植物に色々な種類があって育て方が全く違うように、子どもも一人一人全く違います。
はじめての子育てをしている若いお母様を見ていると顔では笑っているけれど、きっとすごく大変だろうなと思います。

暑い夏、寒い冬を超えて咲いたたくましいカーネーション。
頑張るお母さんたちに見せてあげたいです。




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2015年2月25日水曜日

夢から覚めて

夢を叶えるには夢から覚める必要があります。
夢を叶えるのはこの世だから。
夢から覚めてしっかり地に足を付けて歩くところから夢は叶っていくのだと思います。


楽しくて自由な人生は最初からあるわけでなく、全力で命をかけて掴みにいくものだと思います。ハイリスクハイリターン。
それがすべてではないし上手く行くとは限らないけれど、若い方には夢を失わず追い続けて欲しいなと思います。


はじめてピアノの会でも若い先生や演奏家を応援していきます。



2015年2月24日火曜日

ピアノ講師の会レッスンQ&A

Q1「楽譜を追いながらピアノが弾けない生徒さんは?」

  
 ・楽譜はとても便利なものなので読めた方がいい。なので子どもの生徒さんは嫌がって
  もちゃんと楽譜を目で追いながら鍵盤を見ないで弾けるようにする。でもシニアの方
  は、目や体の機能が子どもほどでないのでやはり見ながらを徹底するのは難しい。
        ただし確実に暗譜するのもとても難しい。なのでこの部分は見る、この部分は暗譜と
        いうようにわけて考えるといいのでは。

 ・シニアの方は音符を追うのが苦手なのでカタカナで大きく書いてそれを追ってもらっ
  てもいいと思う。



Q2「大人の男性の方の続けるコツは?」

 ・音楽をとても好きだったり知識欲が旺盛で深く親しむ男性の方は多いが女性ほど手先
        が器用でない方も多い。上手に弾ける事より音楽の本質や楽器活かし方などを掘り下
        げるといい

 ・正しくやりたい方が多いのでそこをほぐしてあげる



Q3「片手だと出来るのに両手になると出来ない生徒さんは?」

 ・子どもも大人もまずは音楽としてでなく運動として両手の指を一緒に動かすトレーニ
         ングをする

 ・1小節ずつ切って意識をして指を一本ずつ動かす練習をする



Q4「説明しているときに話をかぶせてしまって説明が出来ない、、」
 「説明している最中に弾き出してしまう、、」
 
 ・ピアノを始め音楽は弾く事より聴く事が大事な勉強である事を説明し、聴く習慣をつ
         けてもらう

 ・曲の途中で止まったときなどに少しづつ説明をする

 ・「聴いて下さいね」としつこく言う

 ・それまでの生き方などもあるので、生徒さんのペースに合わせる












2015年2月23日月曜日

アルテワークショップ補足

「表現力をつける優しい音色奏法」と「第1回ピアノ講師の会」が終わりました。
お越しいただきました20名の皆様お寒い中ありがとうございました。
ピアノ講師の会は次回またご報告することにして今回はワークショップについて書きます。



音楽は音符という暗号で書かれているので解読するには作曲家がどう作ったか作曲法を学ぶ必要があります。でもそれはやってられない。
そこで難しい和音記号を色に置き換える音色奏法となるわけです。

新しいアプローチで参考になったという方がいらっしゃる一方、今回の講座は少しわかりづらかったという率直なご意見もいただきました。
これは真摯に受け止めたいと思います。
何しろ音という抽象的なものを色という抽象的なものに翻訳し、そこを説明するのにまた日本語という翻訳が必要になるわけです。そこがどうも上手く順序立てて出来なかったと反省しています。

改めて私なりに説明してみます。

1、まず4つの和音を聞き比べると和音に特徴がある事がわかります。厳密に聴き比べら
  れる事より耳を澄ます事が大事だと思います。

2、それを4つの色に置き換えてみます。

3、楽譜の主要な箇所で止まってそこの和音に2、の色を当てはめます。


ここまでがワークショップでやった事です。
そして補足です。


4、インプットしたときのイメージの色を心に描きながらそういう音を弾こうとする。


要約するとたったこれだけの事なのですが、実際理解するのは難しいです。
一番の目的は、自分の耳で「白」だったら「白」の和音のイメージ通りに弾けているだろうか、白い音が出ているだろうかとようく聴きその音を表現しようとする事、だと思います。

♪ジャーン 「?」
♪じゃ−ん 「これだ!」

みたいな。
では白の和音なのに白に聞こえない、聞き分けが出来ない、もしくは黄色っぽいイメージに聞こえてしまったら?
はい、それでOKです。ここはとても混乱しやすいので今回は4色にしぼりましたが最終的には、「あ、変わった」だけで自分の中で「なにか」を感じられればいいのだと思います。

そのとき「シンプルで明るくて広がっていて安定していて、、、」などの日本語だと覚えきれませんが、そこにぽんと白とか黄色とかあったらその色を置いたときのイメージがよみがえりますよね?そういう事じゃないかと思います。


日本語って難しいしまどろっこしいですね。
暗号である音楽はたった一つの和音ですむ事もあるのに(笑)。
1つの和音に思いを込める、そんな意識を持って楽譜を見てピアノを弾いてもらえると、音楽が変わると思います。





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2015年2月22日日曜日

四分音符

レッスンで7、8人であわせて四分音符を叩く時、どうしても1回でビシッと合いません。
もしかすると一番難しいでしょうか?
何回かやると合ってきますが、メトロノームをかけてせーのってやるとどこかがズレてます(笑)。


プロのアンサンブルってスゴイですね〜。
四分音符だけでなくなんでもビシッと合うんですから。
打楽器の方もすごいです。メロディなく合わせられるなんて!

たったこれだけのことでも合わせるのは難しい分、合った時は快感です。
音楽の基本てこんな所にあると思います。
ピアノの人は一人で弾くので関係ないと思いがちですが、重音や両手などぴったり合わせる、これはやはり耳をすませて聞かないといけませんね。


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2015年2月21日土曜日

なぜ間違えるんだろう…

家では出来るのにあがってしまって出来ない、、

といくら言ったところで出来ません。
それが言い訳でなく本当のことだというのは私もよくわかっています。
でもそれはこの際どっちでもいいのです。

自分に悔しいし聞いている人にいいところを見せられなくて、だから言わずにいられない。でも悔しがってるだけでは何も変わりません。
間違えたことがまるで何かの間違いのように思っているうちは何も変わりません。
あがって出来ないと言ったところであがり症は治りませんから何も変わりません。あがらない人は生まれつきの特殊な能力です。あがり症は死ななきゃ治りません。
死んでもあがり症でなく生まれ変われる可能性の方が低いです。

家で出来ているから外でも出来ると思っている時点で間違いなのです。
外でも出来るには「家では出来る」の100倍の質の練習が必要です。
ここを絞りましょう。

最初から最後まで通しで100回やってもダメです。
質を上げないと。

質を上げるとは細分化練習です。
短く区切って片手とか違うリズムで弾くとか。
そして基礎の練習です。
もし曲の中に1小節音階が出て来るなら、それと同じ調の音階を4オクターブ10回繰り返して弾けるくらいの基礎力がないと曲の中でそれをパッときれいには弾くのは不可能です。
弾けたらまぐれです。
これをやらず、なぜか弾けない…もへったくれもありません。

どんなに簡単そうな曲でも、私たちは日常で両手の違う指を同時に動かすことをしていないのですから、習慣になっていないことがそんななまぬるい練習で緊張しながら出来る訳がないのです。音階がお箸を使うように習慣にならなきゃ、出来るときもあれば出来ないこともあるのが当然なのです。お箸だってもし50人の人に見つめられて1分間で豆20粒を落とさず移動させて下さいと言われたらどれだけ出来るか。

これは楽しくなさ過ぎる、と思う方は、間違えるのは当然だわ、と開き直りましょう。
悔しいからピアノをやめてしまうのは、一番もったいないです。


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2015年2月20日金曜日

喜んでもらうよろこび

75歳の生徒さんに「先生に喜んでもらうのが嬉しくてピアノを続けてるんです」と言われたことがあります。有り難すぎます。


昔、人に喜んでもらうには自分は我慢しなきゃいけない、と思っていましたがそうではないようです。
自分の好きな事をやる→それが人の役に立つ。
そんな事があるんですね。

私利私欲は捨て、、られないし、最大限の努力、、も出来ないけれど、自分の好きな事は他のことよりは出来ますよね。それが人に喜んでもらい自分の喜びになる。
出来過ぎですが、それがあるのがこの世のすごいところだなと思ってます。

2015年2月19日木曜日

100万本の桜

「桜の花の下に入ると気分がかわる」というCMがあります。それがほんの短い時間でも
その瞬間に何かが変わっておおきな気持ちの変化をもたらす事ってありますよね。


私はいろいろ心配性です。
ですので、いわゆるポジティブとはほど遠い性格です。
これダメかも、それもダメかも、あれもダメかもとすぐ落ち込みます。
「いい方に行く」などとは到底思えません。

しかし、ポジティブな人がいるとすぐ影響を受けその瞬間だけポジティブになります。
ポジティブな人ってすごいですよね。
私のようなネガティブな人間を一瞬でもポジティブに変えるって。
またすぐネガティブに戻りはしますが、ポジティブに変わった瞬間にちょっとすっきりして考え方が変わってたりします。


音楽は桜の花に匹敵すると思います。
聴くのもいいけれど、自分で演奏すると桜は100万本になります。


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2015年2月18日水曜日

成功体験

成功体験は自分に自信がつくそうです。

どうりで私には自信がないはずです。私の人生失敗体験ばかりです。

でも、私は数々の失敗体験から、事を成すより大事なことを学んで来たように思います。一番よかったことは、失敗してもやっぱりね〜またか〜って気楽に思えること。がっかりはするけど失敗して当然だから、いつもの事だからともう一度やり直す。たまに上手くいくと「やだ!まぐれだわ!」と驚く。でも「この私じゃまぐれもこの1回きりよね、くわばらくわばら」となる。これもすべて失敗体験の積み重ねのおかげです。

成功体験を重ねている人がどんな素晴らしい人生を満喫しているのか想像出来ないし、今更私には関係ないのでどっちでもいいのですが、一つ言えるのは「成功体験を重ねよう」などという流行に惑わされてはいけないってことです。そうです。自分に縁のない事はみんな「流行」と片付けられるのも失敗体験の賜物かと思います。

落ち込む事は沢山あるけどいつものこと。
上手くいくのが出来過ぎ。
そう思えるのは成功体験なんてわからないからです。

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2015年2月17日火曜日

ピアノ講師の会

2月22日日曜日、アルテ交流会の後「第1回ピアノ講師の会」をします。


はじめての開催ですが、このピアノ講師の会は派閥や門下や研究会や楽器店などの所属を超えた集まりにしていきたいと思っています。はじめてピアノの会の講師以外の方も大歓迎です。気軽にピアノ教育について語り合いませんか?一人でピアノ教室をやってらっしゃる方、どこかに教えに行ってる方、色々お話しましょう。


時間は15:00〜   1時間くらい
場所は都内です。
参加費は非会員の方は会場費として500円いただきます。
コーヒー代は実費でお菓子の持ち込みは自由です♪

いろいろなピアノの先生にお目にかかれたら嬉しいです。
お待ちしています。


詳しくはお問い合わせください
info@hajimetepiano.org はじめてピアノの会

見えない力

おはようございます。
ようこそお越し下さいました。読んでくださって有り難うございます。
春はあけぼの、、、だからってわけではなく、このところ猫に起こされて5時半に起きてます。


高校の頃、古典は受験科目になかったので当然さぼりました。
漢文とか古文とか、授業が始まったとたん突っ伏して寝ました。
それがあるきっかけで短歌が好きになりました。
不思議です。

そしてもっと不思議なのが今ピアノが好きな事です。
短歌だって相当不思議ですが、ピアノの不思議レベルはそれ以上です。
ピアノは好きでしたがなにしろ能力がなくて、いつやめても誰も疑問に思わなかっただろうし、まだやってたの?ってくらいのものでした。

ここまでよくまあ続けたと思います。よくめげなかったと思います。根性あると思います。
でもそれ以上になにか見えない力が私をピアノに向かわせてくれた気がしています。

なぜかやっているものややめられないものって、自分にはわからない理由があるのかもしれません。たとえば人との出会いのきっかけだったり、生き甲斐の始まりだったり、それが誰かの役に立つ事なのかもしれません。子どもがその道に行ったという友人もいます。


春は桜、、、ではなくあけぼの。
短歌ならではのこの繊細な感受性と言葉の美しさに脱帽です。
もしこの歌がなければ猫にイラついていたかもしれません。
外は雪が降り始めました。
今日もいい1日になりそうです。




2015年2月16日月曜日

いつまで習い続ければいいか

私ほど「いつピアノをやめようか」と思っていた人はいないんじゃないかと思うくらい、スキがあればピアノをやめようと思っていました。
スキがなかったのか、続け続けて今は好き好んで弾いている上にだれに強要されているわけでもないのに習いに行っています。人生わからないものです。


レッスンに行かない方が自由に弾けて楽しかったのですが、レッスンにまた通い始めたのは「もっと上手になりたい」と思ったからです。
上手になるにはいいものはいい、悪いものは悪いと言ってくれる人が必要でした。聴いて下さる方って「あえて悪く言わない」んですね。友人も生徒さんもお客様も。もちろんどこがどうよくなかったのか具体的に聞く事もありません。「よくない」と言って下さるのは先生だけです。私はそれを知りたくて再びレッスンに通い始めました。


生徒さんでは中学や高校、大学と節目に合わせてもう弾けるようになったからあとは独習で楽しもう、というかたも多いと思います。その場合一番物足りなくなるのは「よくない」と言ってくれる人がいなくなる事だと思います。教えてもらうだけならパソコンでも友人でも可能です。でも気兼ねなく「良くない」と言ってくれる人は少ないものです。コンクールで審査員に「左手が強い」とか「もう少し歌って」とか書いてもらっても漠然とし過ぎてるし。別にプロになる訳じゃないんだから「よくなくて」もいいのですが、よくないものを積み重ねるよりよいものを積み重ねたいのが人間の本能。楽しく弾く事も大事ですが向上する事はそれ以上のよろこびがあります。また人間は自分に甘く自分はごまかせるので「こんなもんでいっか」という気持ちにもなります。するとほんとうにこんなもんになります。

そして逆算して答え合わせが出来るものや一つ出来ると同じものが出来るという類いのものはわかったらやめることも出来ますが、ピアノのように答えがなく一瞬で過ぎ去ってしまうものだと自分で聴いて判断するのもそれなりの能力が必要です。


大人になればなるほど、自分にむち打ってくれる人はそうそういるものではありません。
今まで人生をさぼり倒してきた私は、しばらく、ほどほどにむち打ってもらう人生を選択しようとレッスンに通っています。


2015年2月15日日曜日

強さ

きれいなんだけどすごいんだけど何か今ひとつ、、、というアート作品があります。
それに比べて単純なんだけど魅力ある作品がある。


私はパウル クレーという画家が好きです。
クレーの絵はシンプルなものが多く、私でも描けそうな錯覚に陥りますが描けるはずがありません。その魅力はなんなのか、最近「強さ」なんじゃないかと気づきました。
強さって何かというと、自分だと思います。

自分を出すって怖くて出来ないんです。
否定されるかもしれない。
馬鹿にされるかもしれない。

いえ、それ以前に自分が何かわからない、自分を表現しようにも他の真似になったり常識的になったり一般受けを考えてしまったり、、。

歌人の岡本かのこさんは歌人になると決めたとき、それは裸で町を歩く覚悟のようなものだったと言っています。魅力的な作品にはそれくらいのすごみがあります。
自身を見つめそれを表現する強さがなければ、人を引きつける絵も歌も作れないんだと思います。

体裁を繕うよりその人自身が出ているものは魅力的です。魅力とは自分を見つめる勇気とさらけ出す強さだと私は思います。




霧の中を行けば

霧の中を行けば覚えざるに衣しめる

という言葉があるそうです。
今日日曜美術館で、相田みつおさんが自分を作ってくれた武井老師との出逢いについて語っていました。

この言葉の意味は「ずっと霧の中にいると自分は気づかないのにいつの間にかぐっしょりと洋服が濡れている。ずっとその世界にいると自然に自分に染み込んでくるものがある」という事みたいです。

相田さんはこの老師の講義を1回も休まなかったそうです。
相田さんの書に癒される方も多いと思いますが、あれらの言葉は一朝一夕に作られたものではないんだなあと思いました。



2015年2月13日金曜日

中学になってピアノをやめてしまう

中学生になって部活が忙しくなるとピアノをやめてしまう生徒さんが増えます。
小6までに耳や練習の仕方は身に付いて来ていると思います。
今やめてもきっといつかまたピアノが弾ける下地は作られて一安心と言ったところでしょう。
なのでピアノの先生としては、なかなか「今やめないで!」と言えない時期でもあります。でもここからがやっと「ピアノを深く楽しむ」やり方を学んでいく時期なのです。

「好き勝手に弾けば楽しめるでしょ」って思いますが、いえいえ。
子供の頃のスポーツ感覚のピアノから、芸術としてのピアノに移行するのが思春期です。今まで耳がよくて勘がよくて先生の真似でそれらしく弾けていた子が、逆に先生の真似は不得意でほんとにピアノが好きなんだかなんだかだった子が、このころに技術と自分の感情と理屈とピアノへの気持ちが一致して来てようやく音楽は何か伝えるものだとわかって来るのです。そしてその方法を学び自分を表現したくなってくる、それが中学生以降のピアノです。

ここでもうひと頑張り、出来るならしてみて下さい。
もちろんそれまでもステキな曲を沢山弾いて来ているとは思いますが、ここからが本当のピアノの魅力を知る第一歩です。今までの基礎の意味がわかって来たり、もっと基礎をやらなきゃ弾きたい曲が弾けないんだと身を持ってわかって来たり、初めてピアノという高い山が見えてきます。またショパンを聴いてシューベルトを聴いて「いいなあ」とわかる年頃でもあります。

一番練習が大変になる時期だけれどこの中学入学、高校受験を超えられると、また違った世界を見る事が出来ます。

2015年2月12日木曜日

仕事にするという事

私はお料理や土いじりが好きです。

しかし、お魚は一度に数匹までです。60匹下処理するのは手が冷たいし手に魚のにおいがその日中残ってしまいます(あ、いえ、そういう気がするだけです。60匹さばいたことも10匹さばいたこともありません)

紫蘇のように色素やアクの強いものは、指先に色がついて2日間はとれません。庭仕事は毎日続けてやるとやっぱり1日は土が爪の間や指の皮膚に染み込みます。

以前、人前に出るのは目立ちたいからではないとムキになって主張しましたが、それは違うなとやっとわかってきました。仕事としてやるからには、目立つ責任というものが実際あると。

人前で演奏するとき、指や手も見えるのに指先が紫蘇の色だったら見ている方はそっちが気になって「なんか指先が違う色の気がする、、。あれは生まれつきの色だろうか?汚れているんだろうか?洗っても落ちないものだろうか?」とピアノどころじゃありません。ある人は不快になるでしょう。そこで私が目立ちたくってやってるんじゃないと同じようなテンションで「違います!これは泥ではありませんから!いくら洗っても落ちない紫蘇のアクですから!ピアノも汚しませんから!」と言ったところでだれもそんなこと知りたくもなく「どっちでもいいですけど、気になるから引っ込んでください」となります。
人前で弾くからには2日前には紫蘇はいじらない、1日前には土仕事をしない、当日は魚はさばかない、これはもう責任です。

私は美容に関して無頓着もいいとこなのですが、そうでなく人に余計な疑問や不快感を与えないよう責任を持つことの大切さを思う今日この頃です。









2015年2月10日火曜日

あきらめるのは

あきらめるのは人生ではありません。

「あんなやり方」はあきらめないといけないかもしれない。でも「こんなやり方」があります。「みんながうらやむピアノが弾ける」人生でなく「自分なりに弾けて楽しい」そんな人生もあります。


八方ふさがりになるともう無理だからやめようと思う。でもそういうときって「ピアノが上手にスラスラ弾けている人生」を想定しているのです。それをあきらめられないからピアノをやめる。実はピアノをやめるのは「あんな人生」をあきらめきれないからではないでしょうか?

音楽を専門に学んだ人は「あんな人生」を謳歌していると思うのは間違いです。だって音楽を専門に学んだ人のほとんどが毎日何時間も練習しても弾きたい曲を思ったように弾けるようになっていないんです。そして皆が皆、全員と言っても良いくらい「あんな人生」をあきらめてきているのです。ほとんどの人間が凡人ですから。
でもそこでだいたいの人が「自分なりに続けて良かった。自分なりに弾けて楽しい」と思う。ずっと続けて「あんな人生」がすべてでない事がわかる。

すごい事が出来て「あんな人生」を送っている人は確かにいる。
でも凡人にはそんなの無理なんです。「あんな人生」はあきらめて「こんな人生」をどーんと引き受ける。するとそっちの方が自分には居心地がよくて合っていることに気づきます。

天才は別ですが、半端にさらっと弾いているピアノよりやっとでも簡単な曲でも丁寧に練習して弾いたピアノの方がずしっと心に届く経験ってありませんか?
私はシニアのピアノサークルを指導していて心底それを感じます。

「基礎が大事」と言っているのは決して難しい曲に挑戦して欲しいからではないのです。
「芸術って基礎を丁寧に突き詰める事なんだ」と知って欲しいからです。
それをきちんとやろうという気持ちが音楽を質の高いものにします。
そして人生を質の高いものにします。









2015年2月9日月曜日

なぜ続けると良いのか

続けるという事はいろいろな代償を払います。
が、代償を払っても、才能がなくても、末端でも、腐っても、それでその事が一時嫌いになっても、続けて欲しいと思います。
私がピアノを続けて来てわかった事ですが、続けると良い事があります。

ひとつはその事がなんとか形になること。

2つ目はその事がもっと好きになる事。

3つ目の一番良い事は想像もしなかった事。


人に認められなくても自分の誇りになる。
私みたいに下手なのが続けるっていうのは、誰に非難されなくてもいつまでもしがみついてるみたいでなかなか勇気がいります。やってもこの程度っていうのは不甲斐なさを露呈しているようなものです。でもそれでも続けてみると、上手とか脚光を浴びるとかではなく、むしろそれらがなくても続けたという事が自分の誇りになりました。


仕事でも趣味でも同じです。それがたとえくだらない事といわれても人に笑われても。
是非好きな事を続けて欲しいと思います。



2015年2月8日日曜日

太陽と本と

太陽と本があれば何とかなると思っています。


私は何か悩みの相談を受けてもなんて言っていいかわかりません。
「そんな簡単な事じゃないわよ、相談しなきゃよかった」って思われていると思います。
実際、私のアドバイスで他人の人生が良くなるとは思っていません。
実際、私のアドバイスで人生良くなってないようです。

でも本気で私は、夜は寝て朝は太陽の日を浴びると人生良いようになると思っています。

周りにいる人だけでは限られてしまうから、周りにいない人に出会うためにそこに本があると思います。

宗教に入るとか占いをしてもらうとかおはらいをするとか色々あるようですが、それらはお金がかかります。太陽はタダです。本は図書館で借りる事も出来ます。

宗教も占いもおはらいも自分以外の人に導いて欲しいんだと思います。
間違えてはいけないと思っているからだと思います。

私はこんなに間違えて恥をかいていても、やっぱり人に決められた失敗しない人生より自分で決めたこのへんてこな人生で良かったと思っています。
毎日が楽しいのは、沢山の生徒さんや周りの方のおかげですが、もしそれらをすべて失う事があっても、太陽と本があれば何とかなると思っています。
その中で出来ることをして出来ないことはしない。
それが分相応だと思っています。

夜は寝て朝起きて太陽を浴びる。
自然に触れて本を読む。
これで人生大丈夫です。

(あ!音楽が入っていません! いんです、太陽と本があれば 笑)








2015年2月6日金曜日

ピアノという習い事

私は時々運動の習い事をします。
疲れるとやめます。でも健康のためにやらなきゃ〜と思ってまた始めます。
でもまた疲れてやめます。これの繰り返しです。
ピアノも習い事としてそんなに重大な決意ではなくはじめる方も多いと思います。


でもピアノは趣味の習い事として特殊です。
お料理教室を例にとると、その場に行って先生の指示を受けながら一緒に作るのが普通です。で家に帰って家族に作ったり。でももし「前回までのところをまず一人で作って下さい、それが合格したら今週のメニューに進みます」というプログラムだったら次の時までにそれを家で何回も何回も作らなきゃいけなくなり家族は食べ飽きてるのに何回も何回も食べさせられます。プロになる訳でもない趣味なのにそんなスパルタお料理教室行きたくありません。でもピアノ教室はスパルタでなくても単なる趣味のお教室でも普通それです。お家で地味な練習を繰り返しては繰り返し、家族にうるさい聞き飽きたと言われ、先生の前でご披露するも合格しなくてもう1週がもう何ヶ月も続いている。。。

ピアノという習い事は、「先生と一緒に音符を読んだり練習したり」するのではなく、「自分でもくもくと練習して」レッスンでは「直してもらう」のが前提です。
この仕組みを理解しないとなかなか続けられません。
もちろん適当に今週はやってません、っていうのもないと息が抜けませが、基本は自分で予習復習です。

趣味にしては大変な習い事ですね。


2015年2月5日木曜日

ピンチはチャンス

もうあきらめてしまいたくなるとき「ピンチはチャンス」です。


ピンチに陥ると、計画はガタガタ崩れるし途方に暮れるかもしれない。
でもそこでピンチはチャンスだと思い直す。

人と同じでないと不安になるし劣っているように感じてしまうかもしれない。
でも人と同じが立派な訳ではない。

成功ってなに?って聞かれたら「自分が楽しいと思う人生」だと思います。
与えられた自分という車を乗りこなして自分の行きたいところに自らの運転で向かう。
高級外車の後ろの席で行きたくない目的地に連れて行かれるより、どんな小さな車でも道が険しくても迷っても自分の行きたいところに向かう。それに勝る楽しみはないと思います。ピンチが訪れると思わず高級車の後ろに座っときゃ良かったって思いますけどね(笑)。

スポーツカーで砂漠、軽自動車でサーキットは無理な話。
努力で出来る事とそうでない事がある。
自分の車はかえられない。
でもなぜ自分にはこの車を与えられたのかを考えると
本当の人生の目的に気づく事もあります。
そして往々にしてそれは初心です。


ピンチはチャンス。
「人生を楽しむ」という成功に向けてあきらめてはいけません。








2015年2月3日火曜日

ピアノの階段

階段を上ったらまた次の階段(笑)
そのまま何もせずそこで一休みしているとエレベーターのように階が下がっていく(笑)


子供のときこの階段には終わりがあると思っていました。
たとえば発表会。たとえば音大受験。
その階まで行くともうポンポン自在に跳んだりはねたり出来る場所があると思っていました。


ピアノをはじめてうん十年。
ピアノの階段はどこまでもどこまでも続く終わりのない階段だとわかりました。
こんなに長くやっても10歳の才能ある子供にはかなわないせつない階段。

でも昔のようにもう下りたいと思う事はありません。
自分の年齢マイナス5年でピアノ歴が更新されていきます。

2015年2月2日月曜日

地域サポーターさん

はじめてピアノの会で、ピアノサークル開講のお手伝いや普段の先生と生徒さんの橋渡し、会場の確保、またいろいろな企画を考え地域での実施にご尽力下さっているのが地域サポーターさんです。

今活躍して下さっているサポーターさんは、生き甲斐になるからとか、ご自身が音楽が大好きで音楽の楽しさを広めたいとか、この楽しさを分けて上げたいとか、皆様それぞれ大きな思いを持ってご協力くださっています。

大変有り難い事です。はじめてピアノの会が成立しているのは、この献身的なサポーターさんのおかげと言って過言ではありません。

はじめてピアノの会のいちばんの特徴はイージーでないピアノ。
私ほどの怠け者がイージーさに流されてはいけません、というのは説得力があるんだかないんだか。でもうっかりめんどくさくて楽しようとする気持ちを戒めてくれるのが、生徒さんと講師さんとこの地域サポーターさんです。

皆様がそれぞれ出来る事をして音楽を大切にしている。
ちいさなちいさな会ですが、「こんなすばらしい会でお手伝いできて幸せ!」と思ってもらえるようお気持ちを最大限活かせるよう、しっかり会の基盤を築いてこうと思います。気を引き締めて頑張ります!

2015年2月1日日曜日

キーウイジャムとゆずジャムとかりんジャム

キーウイが熟したのでキーウイジャムを作りました。
すっぱくて甘くてとっても美味しいです。

この時期はゆずジャムやかりんジャムもおいしいですね。
りんごジャムもおいしいけれどりんごはジャムになる前に生で食べちゃいます。

冬の楽しみがたくさんあります。