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2015年10月30日金曜日

ハロウィン

楽しむ事は人生に必要でしょう。
でも楽しいってなんだろうと思います。

その昔、お祭りは地域の人たちにとって年に一度の楽しみでその日は騒いで歌ってごちそうを食べました。またテレビで「昭和の始め小さな劇団の劇を年に1、2回見るのが何よりの娯楽だった」と言っていた方がいました。

経済というのは恐ろしいものだと思います。
人間の欲を刺激して消費を促しまくります。

人がなぜお金稼ぎが必要になるかというと、今の時代それは消費したいからです。

消費したい→消費するお金が欲しい→お金を稼ごう→あの手この手で他人の欲を刺激する→お金が手に入る→消費する→もっと消費したい→レベルアップしてふりだしに戻る

経済ってこういう事ですよね。
どの段階をとってみても成熟した発想じゃないのにまかり通っている。
人はパンのみにて生きるにあらず、ですが、楽しみはなんですかというとアドレナリン任せの本能のまま。楽して楽しいこと。

と言っても自分もその中にどっぷり浸かっています。
私は自分に優しい性格です。
批判は口だけです。
人間てしょうもないですね。

でもとりあえず、日本のハロウィンは無視します。






2015年10月29日木曜日

2015年サロンの会終了


銀座 飛雁閣にて




今日で2015年のサロンの会が終わりました。
はじめてご自身満足のいく演奏が出来たという方が何人かいらっしゃいました。
何年も足掛けで、ようやく努力が実を結んだ感じです。

感動する演奏というのは、私が講師だからではなく、皆様が一様に感じられます。
終わった直後は安堵感でいっぱいですが、お家に帰って自分の演奏を省みて、またプログラムを見ながら他の方の演奏を「あの曲よかったな」「あの演奏感動したな」と思い出すようです。

ピアノは地味な事をする以外、魅力ある演奏には辿り着きません。
しかし自分でやっていると、「こんなのやってもやらなくてもどうせ誰にもわからない、譜面通りに弾けてればきっとよく聞こえる。上辺の強弱だけ付いてればよく聞こえる。ピアノは楽しむものなんだからめんどくさい事はやらなくていいや」と思いがちです。

でも今回、やっぱり極めるだけの事がある、と思いました。
自分の演奏に満足するというのは、「運良く上手くいってラッキー」じゃなくて「練習した甲斐があった」というもの。
練習は裏切りません。
もし結果が出ないなら、まだ期が熟していないか曲が難し過ぎるため。
感動は曲の難易度には関係ない事もわかりました。


終わったら、ちょっとレパートリーを離れてもう一度基本に帰るのも大事です。






2015年10月28日水曜日

ずいき

ずいきを知らない方も多いようです。里芋の茎です。
お料理の好きな母がよく使っていました。美味しいです。大好きです。
ずいきは薄い皮を手で剥いて干します。
今日のようなお天気で湿気が少ない日は絶好のずいき日和です。

お天気で湿気が少ないずいき日和の今日ですが、明日はサロンの会の最終日、ずいきを剥いてはいけない日です。ずいきは紫なので皮を剥くと指先が紫になります。爪の間にアクも入って取れません。ドロじゃないのでピアノの鍵盤は汚さないんですが汚れるイメージだし指先や爪の間が紫になってかっこ悪い感じです。

しかし!
朝、図書館に行く途中、JAでずいきを発見してしまいました。
買ってしまいました。
剥いてしまいました。
指先が紫になりました。
爪の間にアクが入り洗っても取れません。
軍手をしましたがダメでした。
ゴム手袋をすれば良かったのでしょうか?


農業とピアノの両立は難しいです。








2015年10月27日火曜日

木枯らし一号

成育中のキュウリが6本あります。
やや大きいのからミニミニまで。

以前は朝起きてみると少し大きくなってて、夕方になるとまた大きくなっていたのが、最近はわずかに大きくなるだけです。

先日は木枯らし一号も吹きました。
日々寒くなる今日この頃、見守りたいと思います。

2015年10月26日月曜日

ヒヤヒヤ

生徒さんが弾いていると、実のところドキドキです。ほんとのところヒヤヒヤです。
いつどこで何が起こるかわかりません。


でも最近は本当に何が起こっても皆様自分で対処出来るまでになりました。
「対処」とはどういうことか、この難しさはピアノを弾いた事がある方しかわかりません。
歌などと違って歌詞を忘れたからラララで歌うとか伴奏の人にフォローしてもらってキリのいいところで入るとか出来ません。右を思い出しても左がどうしてもわからないとかもあります。
そして初心者や練習不足だと、そこをすっ飛ばしてごまかして先に行くことが出来ず、思わず音楽を止めて「なんだっけ?」と鍵盤から指を離しあごに手を当て首をかしげてしまったり。。

心臓の鼓動のごとく音楽は停止してはいけないものなのです。
何故かというと、聴いている人がその方が心地よいからです。
はっきり言えばあごに手をあて首をかしげられると心地悪いのです。
人生もやり直せるなら元に戻ってやり直したいことはたくさんある。
でももしそんな事が出来たら誰も真剣に生きなくなります。
それと同じ。
間違えても何しても1回の真剣勝負をみせることが生演奏の魅力なのです。

先日の弾き合い会で先生が「弾けないところはもう弾けないものとして突き進む」とお話していました。弾けなかったところに構わっていないでそこをすっ飛ばしてどんどん突き進むのはピアノではとても難しいけれど、その力をつけることは、ミスタッチをなくす事よりもっと必要な事かもしれません。
終わりよければすべて良し。
もう途中わからなくなっちゃったら最後の主和音もしくは主音を一個弾いて終わらせちゃう。これは基礎の練習をしていない人には出来ません。


ピアノは一生楽しめます。
自分が楽しいことも大事ですが、いかに周りに楽しんでもらえるかを考えた練習をするとさらにピアノ人生が楽しくなります。
人に喜んでもらうことこそ人の一番の喜びなのですから。








2015年10月24日土曜日

演奏する勇気

今回のサロンの会で私は久しぶりにピアノを弾きません。
9月に弾いたし、色々イベントの準備が取り込んでいて、、というのが表向きの理由ですが言い訳です。弾くと弾かないでは天と地ほど精神的負担が違います。
昨日はサロンの会1回目。
私よりお年上の生徒さんが大勢の前での弾いているお姿を拝見し、そのチャレンジ精神に心から敬服致しました。

演奏家を批評するのは簡単な事です。
特にピアノを弾いた事がない人、まだ弾き始めの人は言いたい放題です。
でも1つの曲をそれも1人で大勢の前で演奏するのはただ事ではありません。
まして年を取ってそれをやる事がどれほど大変な事か、、、。
冷蔵庫に何取りに行ったかも忘れるのに右手左手の音を覚える、緊張すると日本語でさえろれつが回らなくなるのに、人前で正しい鍵盤を弾く。年取ったら指先なんて力が届かなくて普通です。しかもピアノは自分の楽器を持っていけないので、そこにある楽器の特製を掴んでペダルまで付けてそのピアノにあった演奏をしないといけません。

今回のサロンのピアノは鍵盤が重く、dolceの音は撫でただけだと音がしません。
というか音はしているのですが、響きが出ません。
かなり手強いですがある意味、芯をとらえている音とそうでない音の区別が出やすいのかもしれません。そして低音がよく出るピアノなので伴奏の左手が大きい方はバレてしまいますし、メロディの右手が出ていない方は左手ばかり聞こえてしまいます。
弾きやすいピアノ弾きにくいピアノは必ずあります。
弘法筆を選ばずですが、これはプロでもなかなか難しいことです。
ピアノを弾くとこういうこともわかって簡単に批評なんて出来なくなります。

昨日のサロンの会の出演の方の90%は70歳以上。80歳以上、90歳以上の方もいらっしゃいます。よくぞご出演くださったと皆様の勇気と弾かなかった自分の後ろめたさを感じつつ、こんなに努力を必要とするピアノという美しい楽器の魅力を改めて思った初回となりました。

明日は2日目のサロンの会です。


















2015年10月23日金曜日

本を読む

生徒さんが「なんか腱鞘炎みたいなんです。ピアノそんなに弾いたわけではないのですが、、、」と言ってきました。
私は「量の問題ではなく、弾き方が悪い証拠です。弾き方が悪ければ8時間弾かなくても腱鞘炎はなるんです。」と先生らしく答えてみました。
「あ〜、ここに力入ってますね〜、ここはどうですか?こっちは?」とピアノを弾きながら腕を持ってお医者さんの診療のようにも言ってみました。
「あ〜、、。そう言えばそのあたり力はいってます。。ダメですねー。」と生徒さんは反省しました。


翌週「先生、やっぱり違ってました。分厚い本持ちながら読んでたのをやめたら直りました!」。
医者ぶったのが恥ずかしくなったのと、分厚い本を読む、というところにまず反応してしまいました。腱鞘炎直って良かったですね、が一番後回しになりました。
その方はお仕事もとっても忙しい方。でもいつもきちんとした練習をなさっていて、その上「分厚い本」も読んでいる!

最近私はめっきり本を読まなくなりました。スマホと老眼です。
でも本にはスマホでは得られない大切なものが詰まっています。
本を読まないと心も頭も鍛えられない。想像力も創造性もなくなります。
電子書籍は種類、数でまだまだ本に及びません。


反省すべきは生徒さんではなく私でした。次のお休みは図書館にいこうと思います。






2015年10月22日木曜日

サロンの会 in 飛雁閣

いよいよ明日から今年のサロンの会が始まります。
サロンの会は午餐会付き発表会です。

今年は銀座の飛雁閣。
完全予約制の落ち着いた高級中国料理のお店です。
とても丁寧に作られたお料理を堪能出来ます。

発表会前日はワクワクどころか出ることを後悔するくらい緊張します。
でも、思い切って弾いたそのあとには美味しいお料理が待っている。。
目の前の人参目指して頑張りましょう。



2015年10月21日水曜日

理由があるもの

理由があるものが好き


というCMがあります。
私もそうです。
これを選ぶのはこんな理由、これが好きなのはこんな理由、これをやらないのはこんな理由。だから思い入れも出て来るし時間も効率に使える。

昔音楽史を勉強しなかったのは勉強する理由がなかったからですが、今は音楽史を知ると曲の背景や様式がわかり更に音楽がよくなるという理由があるので勉強します。魚卵を食べ過ぎないのは健康のためです。
貯金するのは豊かで穏やかな老後のためです。全部理由があるから出来ます。

たとえばピアノのレッスンをしていると子どもは言われたからやる。でも大人はこれをやるとこんな効果が出るという理由がわかるので、やる気にもなるし目的がはっきりしているので正しいやり方で出来ます。

でも理由って邪魔な時もあります。長年やってみないとその理由がわからないものだと、私の音楽史のように理由がないからやらないってなってしまいます。
和音の練習や音階の練習、ソルフェージュなんてまさにこれです。
曲が覚えられなかったりテンポが定まらないというのも、自分で聴けてなければ理由を理解出来ていないと一緒なので直す事は出来ません。

誰かが「量より質、は10年やってから言え」と言ってました。
その通りです。質がどうなのかは出来た人がいう台詞です。何でもいいからやってこそいい悪いもわかるし修正出来る力もつくのです。
口より手を動かせ、って話です。

効率を重視する私は理由がないものはやらずにその時間をダラダラすることにあてて生きてきました。しかしそれは間違いだったとハッキリ言えます。

理由は必要だけれど、理由がわからなくても必要なものもある。
身をもって知りました。














ふところ

けん玉のパフォーマーの方が「どこがいいところですか?」と聞かれ「必ず失敗するものなので100回に1回しかできない事を10回に1回にしていくこと」」と言っていました。

100回に1回を10回に1回にするって大変です。
必ず100回が10回になる保証も何もない中でそれを目指す。
必ず失敗するもの、と言っているのにそうじゃないことを目指す。

失敗ってすごいリスクです。
人が離れてしまうかもしれない、お金がなくなるかもしれない、けがをするかもしれない、時間を失う、その間に大事なものを失うかもしれない。自分自身の自信喪失が一番怖いです。


そんな風にとらえられるけん玉パフォーマーに懐の深さを見ました。





2015年10月20日火曜日

旅立ちのとき




ふっくら大きくなり過ぎそうなので3本まとめて収穫しました。
はさみを入れるとき「いいのか!?」といつも戸惑い思います。
はさみを入れた時点できゅうりの人生が終わります。
責任重大です。

今日も感謝していただきます。









2015年10月19日月曜日

弾き合い会が終わりました

弾き合い会は定期的にあった方がいい、と終わった後毎回思うのですが、いつも不定期になってしまいます。次回は12月、3月にやりたいと思います(笑)。


今回の野村先生のアドバイスで印象に残った事は、

1、長いパッセージでも小節ごとに区切って練習すること

2、16分音符のリズム替え練習は伸ばしている音で脱力する

3、フレーズの最後の音の処理の仕方

4、手の筋肉


特に私が謎に思っていた先生がミスタッチをしない理由は、上記4番だとわかりました。以前からいい手で羨ましいなあ〜と思っていましたが、やっぱり理由がありました。
努力の証です。
「ミスタッチしないより大事な事がある」というお話ではありましたが、ミスタッチを平気でやらかす私はその話に甘えてはいけません。


ミスタッチなしは1日にしてならず。
昨日は5指のトレーニングをしました。









2015年10月18日日曜日

伝えられないもの

「言葉は非常に大切なときには役に立たない」まどみちお


詩人のまどみちおさんは画家でもありました。
日曜美術館でまどさんの作品を紹介していました。
まどさんの絵は抽象画ですがとても宇宙的だそうです。確かにそんな感じ。
力があります。

まどさんは詩人でありながら「言葉では伝えられないもの」をいつも考えていたそうで、「言葉なんてちゃちいもの」とおっっしゃっていたとか。

言葉と言葉の間にあるもの。。
それをなんとか伝えたくて無理矢理言葉を探す。でも言葉だとしっくり来ない。
それなのに言葉を探してしまう。言葉を信用してしまう。言葉が一番だと思ってしまう。
「約束」が欲しいのかもしれない。
責任の所在をハッキリさせたいのかもしれない。

言葉には限界がある。
そのことを大人は忘れてしまっている気がします。
なんでも理屈を求める姿勢をもう一度見直したいと思いました。

2015年10月17日土曜日

ピアノのお医者さん

なんだかんだと片付かなくて調律を全然していません。


自分が気持ち悪いのもありますが、ピアノに申し訳ない気持ちになります。
変な音の鍵盤を弾くと痛がっているようでかわいそうです。

調律はピアノの病院みたいな感じです。
早いとこ色々片付けてお医者さんに見てもらおうと思います。

2015年10月16日金曜日

曲に飽きる 練習に飽きる

生徒さんがよく「弾けてないのにこう言うのもなんですが、飽きちゃって、、、」とおっしゃいます。


その気持ちすごくわかります。
でも実は逆なんです。
「弾けてないのに飽きる」のではなく「弾けてないから飽きる」のです。


弾けてないから飽きるのは、その曲の理想的な姿が掴めていない、自分の実力以上の曲を弾いている、単調な練習が退屈、などなどが原因です。

それには
1、その曲の理想とする良い演奏を聴く
2、自分のレベルに合った曲にする
3、楽譜を良く見る
4、目標を持つ

というようなことを考えていくといいと思います。



1、良い演奏を聴く
良い演奏を聴くと、「私もここをこんな風に弾きたい」となるのでやる気がおきます。
完璧に弾ける事は永遠にありませんから、良い演奏を聴くと次々に具体的な課題が見つかります。それには指を動かす事より耳を鍛える事です。耳が出来ていないと客観的に音楽が掴めません。それが出来ていないと弾けてないのに弾けたつもりになります。ただし、その後は徹底的に指を鍛えなきゃいけないのは言うまでもありません。


2、自分のレベルに合った曲にする
難しすぎる曲は挑みきれなくなりやる気がなくなります。
少しここを改善すればこの曲は良くなる、というとき人はやる気がおきます。
もうちょっとでここが弾けそうとなると人はますますやる気になります。
少しじゃなくてたくさん頑張らないといけない時はなかなか頑張れません。すごく良い演奏を聴いたとき「こんなのムリムリ」と思ってしまったらモチベーション下がります。上手になる実感がないのに練習なんて出来ません。もう少し手の届く曲にしたほうがいいです。


3、楽譜を良く見る
曲が好きじゃないというのは、実は楽譜の理解に欠けている事が多いです。
楽譜には物語があります。
ここは何を語ろうとしているのか、ここはどんな感情かを読み取ろうとする勉強や努力が足りないのです。楽譜を読み解くとさすが大作曲家の曲、どの部分も大事でどの部分もちゃんと伝えなきゃと思います。その読み方が浅いと上辺だけ音を真似して弾く事になります。意味を持たない音楽は弾いている方も聴いている方も飽きます。


4、目標を持つ
単調な練習に飽きるのは当然です。地味ですから。自分の音に耳を澄ましてコツコツやる練習はもはや苦痛です。これは時間もかかるし成果もあるんだかないんだかすぐにはわからないのでやりたい訳がありません。
でもピアノを続けるにはそのルーティーンワークが欠かせないんですね。
ルーティーンワークは飽きてもやらなきゃいけないんです。
この単調な練習を続けられないと上達はしないのです。
テニスやサッカーや野球の選手だって本職をするより、ジムで体幹鍛えたり走り込みしたりしてますよね。この間のラグビーの練習なんて頭に何キロもの重り付けて腕立てみたいな事してて過酷以外の何ものでもありませんでした。ピアノも一緒です。試合しかしないサッカー選手が上手になるわけないと誰にでもわかります。ピアノも曲しか弾かない人は上手にはなりません。

でも体幹を鍛えるのも走り込みをするのも「試合で勝つ」という目標があってこそ、単調な練習を続けるには「人前で弾く」という目標を持つ事が一番です。というかそれ以外ないです。単調な練習は目の前に人参か後ろからイノシシで続けるしかないと思います。ピアノには勝ち負けはないですが、自分で満足するために弾いているだけだとイヤな事は絶対避けます。でも人前で弾くとなると恥をかきたくないし、せっかくなら「よかった」と言ってもらいたい。だから単調な練習もするしかない、となるのです。
芸能人があれだけ美に気を遣っているのは、見られるからですよね。ピアノだって聴かれると思うとやらなきゃ!ってなります。


「なんか飽きた、、、」と思ったら以上のことを試してみてください。たまには飽きて次の曲に行くのもいいけれど、いつもいつも飽きていたら肝心の音楽に到達出来なくて勿体ないです。素晴らしい曲の数々、弾けば弾くほどのめり込むはずです。実際どんどん良くなっている生徒さんは「こんなに長く弾いているのに飽きない」とおっしゃいます。


ちなみにほんとうに魅力ない曲もあります。
上っ面だけの曲は当然存在します。上辺だけの演奏に魅力がないように、そういう曲は一時は楽しくてもすぐ飽きます。原曲を編曲してる場合もその可能性はありますね。
原曲でも編曲でも100年以上残っている曲には必ず残っている理由があります。











2015年10月15日木曜日

スウィング

ジャズのライブというものに先日初めて行きました。
そこで心に残る言葉を聞きました。英語の言葉の訳だそうです。

『もしミスをしてしまったら、お客さんはスウィングに合わせて踊りに来ていることを思い出せ。あなたが間違えない事よりお客さんは楽しくスウィング出来る事の方が大事なのだ』

演奏者がミスしたくないのはもしかしたら自分のためかも、と思いました。せっかく練習したからちゃんとやりたい、そんな自分本位な思いかも。でも本来、音楽を人に聴いてもらうってそんな目的じゃないはず。。。
そんな事を考えさせられました。

音楽ってやっていて気持ちいい。だから「自分が楽しめないと人を楽しませられない」っとか大義名分つけてほんとは自己満足してるだけかも。

クラッシックだったらお客さんは踊りじゃなくて何を求めて来ているんだろう?

美しさ?クラッシックの真髄は何でしょう?




2015年10月14日水曜日

さすがピアノの会

先日のオペラの会で「オペラが音楽界を牽引していたのがわかりました」「歌ってすごいですね!」と嬉しいご感想をいただきました。
普通そこで終わるのですが、さすがピアノの会の皆様、違います。


ちゃんと脇役のピアノを聴いて下さってました。
「伴奏って本当に心理描写なんですね。ピアノに心が奪われちゃいました」
「ピアノの前奏からその世界に入れました。ピアノを見ながら歌を聴いてました」。

そうなんです。
オペラの楽しみは歌ではないんです。歌とピアノのアンサンブル、両方なのです。
生演奏だと息づかいが感じられて協力し合っているのが実感出来ます。

ピアノは前奏や間奏などは主役だし時には歌の引き立て役でもあり誘導役でもあり。
また歌は思いっきりレガートなのにピアノはスタッカートだったりと、合わさることで全然違う作用が起きてしまう。

実はこれ、ピアノの右手と左手なんです。
ピアノを弾くのは難しいのでつい「運動」になってしまいますが、ほんとは主役が入れ替わってメロディを奏でたり引き立てたり誘導したり右手左手がそれぞれの場面で役割を持つものなのです。
右手がメロディとは限らなくて左手にメロディが来るときもあるし、右手左手で協力し合ってメロディを弾くときもあるし、カノンのように追いかけっこになってる場合もあります。
そのときに必ず歌手とピアニストの関係がある。
それを考えられるときっと歌うようなピアノが弾けるはずです。

言うのは簡単、やるのはほんとに大変ですが(笑)。
もちろん私はまだまだ口だけです。










2015年10月13日火曜日

皇帝

N響アワーでベートーヴェンのピアノコンチェルト「皇帝」をやっていました。
なつかしく聴きました。
「皇帝」は池田理代子さんの「オルフェウスの窓」でイザークが弾いた曲です。
ピアノの思い出ではなくマンガの思い出です。

私はだいたいピアノではなく他の事に興味がありました。
こんなにあちこち気が散る私がよくぞピアノを続けました。
ピアノが好きだから「オルフェウスの窓」が好きだった訳ではなく、「オルフェウスの窓」を読んでピアノやってて良かったと思ったくらいです。ピアノじゃなくてクラウスのヴァイオリンやってれば良かったとも思いました。

その頃はピアノは苦痛なだけでマンガの中に夢を見てました。
美術部でデッサンをしたり油絵の真似事をしたり、倫理の先生と意見を闘わせたり、スポーツの得意な友人に鍛えられそうになってヒーヒー言ってたり、ピアノ以外に逃げたかったんだと思います。

今はというと完全に現実的な私です。
夢は穏やかで豊かな老後です。

マンガは夢のままで良かったです。
「皇帝」は夢見ていたあの頃に戻って聴きました。

2015年10月12日月曜日

ルッコラ

きゅうりのことばかり言ってますがルッコラもうちの大事な作物です。







野性味溢れるうちのルッコラは
最近ではマリネにしています。



トマトとスモークサーモンを少し加えて
お酢とオリーブオイルと塩と粉チーズで
1日つけ込みます。











今年は唐辛子のこぼれ種から芽がでないと思っていたら、今頃になってたくさん芽が出てます。夏が暑すぎたのでしょうか?
これから寒くなるので心配ですが、ぎりぎりまでベストを尽くして欲しいものです。







2015年10月11日日曜日

飽食



ベジタリアンにもいろいろあるそうです。
「肉は食べないが魚は食べるベジタリアン、卵や肉類は食べないが、ミルクやチーズなどの乳製品は食べるベジタリアン、未加工・未精製の禅式自然食派、鶏肉と魚肉だけは食べるベジタリアン、肉類を多少は食べることもある穏やかなフレキシタリアン」

私は食べる事が好きで、この偏った考えが理解出来ませんでした。アレルギーならわかるのですが、宗教的理由とか健康を考えてとか全然理解出来ませんでした。

現代に生まれたんだから現代を楽しみなさいよ、食べたいもの食べなさいよって思っていました。
でも。

安保法案と違ってこの件については最近ハッキリ思うのです。

人間は食べ過ぎ。
理性を失っている。


私は生きていくのに必要だからでなくあれもこれもと本能で食べてきました。

これは美味しいマズいと偉そうに語ってきました。
反省しています。
食べないのは偏っているんじゃなくて理性だという事実に最近気づきはじめました。
私は散々食べてこの年になってるので、こんな事を言うのかもしれません。お若い方はもっと食べたい年頃かもしれません。

フィンランドの友人はほんとうに粗食です。

だからごちそうをいただく時はほんとうに特別で、特別だから私たちの何倍も喜びをもって食べ物をいただいている感じがします。

私は庭のきゅうりがとっても愛おしくとっても有り難くて、1本1本大切にいただきます。この間大事なきゅうりを猫が床に落っことしていたずらしそうになったので慌てて取り上げ急いで洗って食べました。買ったきゅうりだったらうちのかわいい猫ちゃんのおもちゃにしてしまったかも、、。

当然の事ですがほんとうはこんな風に1つづつ食材を有り難くいただかないといけないんですよね。。


だったら今日からもう食べないのか?と聞かれれば、いやまだ食べるんですけど。

まだ反省して日が浅いので、これから深く考えていこうと思います。







2015年10月10日土曜日

本番前の練習

発表会までもう少し、、、となった時、どんな練習をしていますかとこの間生徒さんに聞いたら、
「1日5回は必ず弾きます」とか
「朝と夜に必ず弾きます」とか
どんな?ではありませんでした。

本番が必ず上手くいく魔法の練習があるなら知りたいですが、たぶんそんな魔法はありません。なのであらゆる練習をする、ことに限ると思います。

本番前に大切な練習ってほんとはいつでも大切な練習ってことなんですけど、ついつい目先のことで頭がいっぱいになってしまいます。
10月18日の弾き合い会ではそんな本番に臨むにあたっての大切な練習のミニレクチャーがあります。わかっているけど忘れてしまう、そんな大切な練習についてもう一度確認してみてください。

私は一週間前の通しの練習は必ず録音するようにしています。
録音して聴くというより、録音する緊張の中で弾く練習です。
録音すると上手く弾けない、という方は残念ながらすでに練習が足りません。
録音してここをこうしたい、と直すのはもっともっと前の段階でやっておかないといけませんね。







2015年10月9日金曜日

ピアノの音

ピアノは楽器の王様。
様々な楽器の音域やハーモニーを奏でられたり、弱い音から強い音まで奏でられたり。。

昔はピアノのあのレガートが好きでした。
でも今はレジェッロ、軽く転がるような音が好きです。

自分ではなかなかその音は出せなくて、私の音はべたべたドタドタしてます。

いい音を聴くと癒されますね。

2015年10月8日木曜日

まだまだ頑張ります

晴天続きでぞくぞくと実っています〜。


もう諦めていたのにこんな日がくるとは、、、。
人生わからないものですね。



あの雨を乗り越え

あの風を乗り越え

そしてまた

きゅうりは実る




う〜ん、詩人になります。
やはり太陽の力は凄いです!


私の人生にもおひさまと米ぬかを補充します。
農業は癒されるってほんとですね。



































オペラの会終了

オペラの会が終わりました。

音楽史って実は面白いんです。だからこんなに面白いことを皆様に伝えたい!と意気込むのですが、でも人前に立つと順序がばらばらになったり主語述語が繋がらなかったり。。
昨日は今までで一番流れが悪かったと反省しています。

演奏家の方には、私が待ち合わせ時間を間違えたり、始まってからは人前で待機していただく形式のため、緊張が解けなかったり直前のウォーミングアップがままならなかったりきっとご不便が多々あったであろうと思い返し反省しています。

ご参加下さった方には、私の不手際でお聞き苦しい点ありましたこと、お詫び申し上げます。
ただバロックのカストラートの曲から古典のモーツァルト、ロマンのベッリー二、ヴェルディ、プッチーニ、そしてオペレッタ、ミュージカル、おまけにナポリ民謡、日本民謡、歌謡曲と時代ごとに歌って頂いた甲斐あって終わったあと歌手の方と談笑されて帰る方も沢山いらして喜んで下さった方もいらしたかなと嬉しかったです。

これに懲りずまたいらしてください。
気を引き締めて次回に臨みます。


2015年10月6日火曜日

最後じゃなかった

もう最後かと思っていたら、晴天続きでまた実りました〜。


きゅうりって本気出せば10月でも実るんですね〜。

米ぬか足した甲斐があります。



うっとり眺めたあと大切にいただきました。












2015年10月5日月曜日

ピアノはオペラ

10月7日水曜日10:00〜はじめてオペラの会です。

今回は特別企画という事で、オペラの主役歌手にスポットをあてて盛りだくさんの演奏です。

オペラの誕生のころから現代まで、クラッシック音楽がどんな風に発展していったか、声楽がどんな風に変わっていったかがわかると思います。曲目も凄いんです。


ヘンデル「リナルド」〜私を泣かせて下さい

モーツァルト「ドンジョバンニ」〜彼女こそ私の宝〜

ベッリーニ「カプレーティとモンテッキ」〜ああいくたびか〜

ヴェルディ「椿姫」〜乾杯の歌 二重唱〜

ビゼー「カルメン」〜花の歌〜

プッチーニ「ラボエーム」〜私が町を歩くと〜

ヨハンシュトラウス「こうもり」〜あなたのようなお方は〜

バーンスタイン「ウエストサイドストーリー」〜マリア〜

ナポリ民謡「オーソレミオ」


すごい!曲目がすごい!
聴かないと勿体ないです!


「オペラのお勉強なんてピアノに関係ないし、、」と思うかもしれませんが、これを知らずにピアノを弾いていた!?と知らないでいるのが怖いくらいの話?です。
面白い事にピアノを弾く人にとっての音楽史というのは、音楽史全体とはちょっと違います。例えばバッハ。私たちにとってのバッハは音楽の父、平均律の父、大スターですが、当時のオペラが一番の音楽の世界ではなんとも地味なオルガン奏者。同じ年のヘンデルさんは大スターだったけど。

、、と言ったピアノのお話は今回は出来ないんですが、オペラあってこそピアノ曲がこんなに発展して出来上がったんです。
ピアノはオペラ!とつい言いたくなります。


お問い合わせ、お申し込みはこちら  info@hajimetepiano.org


※ピアノのお話やらは1月17日日曜日 はじめてピアノ&オペラの会の解説付きコンサートでしたいと思っています。またくわしくご案内します。





2015年10月4日日曜日

ほんとうにイヤな事

ちょっとイヤなことをやらないでいると本当にやりたい事がやれなくなる事があります。
ちょっとイヤなことを避けているとほんとうにイヤな事をやらなきゃいけなくなる事があります。


好きな事をやると言っても一番好きな事だけをやる訳じゃなく、順位付けすると30番目に好きな事とか3000番目くらいに好きな事もやっていかないといけません。それは3001個中の3000番目に好きな事かもしれません。後ろから数えると2番目。

「やりたい事が何かわからない」という若者が多いと聞きました。
そうだと思います。私もそういう時期あったのでわかります。やらなきゃいけないことに追われていると、本当に好きな事もやりたい事もわからなくなります。

そんな時はちょっとでも興味のあることを片っ端からやるのもいいと思いますが、私がオススメするのは「ほんとうにイヤな事」以外なんでもやるという事です。好きな事はわからなくてもイヤな事ってわかりやすいし、ほんとうに死んでもイヤな事かどうか考えると、まあだいたいの事が出来ます。
なんでも受け入れられるようになると視野が広がり、またやっていても「ほんとうにイヤな事ではない」という自覚があるので結構楽しくなります。そしてその中で「割と好き」で「向いてる」事が見つかってくると思います。

私はそんな考えです。







2015年10月3日土曜日

大人も人間

法案の善し悪しは置いておいて、アドレナリンで安保法案反対のデモに参加した人がいたのは否めない、と思いました。
一方、権力を振りかざして偉そうに恫喝している幼稚な政治家にゾロゾロ付いていく子分たちもいました。

こんな事を書くと不謹慎かもしれませんが、人間はどんな時でもというかその機会がある時には自分の存在価値をアピールしたいし、自分の行動範囲の中で一番強そうなところに集まるんだなと思いました。
自分で考えているようで考えてない。ほんとは影響を受けているだけ。
声の大きい人に付いて行くだけ。

私はといえば、もちろん全然わかっていません。
だから反対も賛成もなくて時の流れに乗るだけっていうか流されるだけっていうか。
話を聞いても全然わからないのです。
私みたいなのは、軍国主義ならそうなってカトリックならそうなって振り返れば「時代を黙認した人々」になるのでしょうね。

でもわからないのに自分から行動するわけにもいきません。
私にとっては動かないでいる方がまだマシなのです。
子供に自分で考えなさいと大人は言いますが、大人になっても人間は浅はかです。

2015年10月2日金曜日

毎日書くのは…

ピカソさんは毎日線を描くことを日課にしていたそうです。
卵を描いていたそうです。


ピアノをやって来て、習慣がどれほど大事か実感しています。難しいことをやるんじゃなくて「簡単な事を続ける」。

卵っていろいろな表情があるんだと思います。
きっと卵を描く中にはたくさんの意味があって、単純な線を描くトレーニングだったり、卵が何かを伝える練習だったり。
そう考えると絵で真実の卵を理解してもらうのはなかなか難しそうです。

人と話すことは日常で沢山あっても、わかりやすく短時間で伝えるということとなるととても難しいです。私は全く出来ていません。よく何言ってるかわからないとか、1時間くらい話したあと「こういう事だよね」って10秒でまとめられたりします。
そのため、自分がどう思ってどう考えているのか整理してそれを伝えるには訓練するしかありません。
以前短歌をやっていたときに先生がおっしゃっていたのが「何でも57577でものを考えるようにしてみなさい」でした。
それを思い出し、音楽や仕事に関係する事などをちゃんと伝えられるよう毎日書いてみようと思いました。

呆れず読んでいただけて有り難いです。これからもキュウリの事をはじめ音楽の事、暮らしの事、本の事など逸れつ戻りつ伝えたい事を伝える訓練をしていこうと思います。親の小言と茄子の花は無駄にならないと言いますが、高校の時、黒板の上に勤勉努力と書かれた紙が貼ってあったのを思い出しました。よろしくお願いします。











2015年10月1日木曜日

毒には毒を

個人的事情で人前では弾かない時期が長くありました。
なのでもう一度人前で弾くというのは、大げさでなく清水の舞台から飛び降りるほどの恐怖でした。それでも弾こうと思ったのはピアノが好きだったからでも本当は人前で演奏したかったからでもなく「生徒さんだって頑張ってるのに示しが付かない、しかたない…」という思いから。

あの時仕方なくでもイヤイヤでも前日に死ぬほど弾く事を後悔してでも弾いた結果、私はとても大切な事を知りました。
「毒には毒を」。


最近グレープシードオイルというのが流行ってるらしいです。体にいい油らしいです。
私はその「体にいい油」って言うのがどうもうさんくさくて「いやいや、油は油だから」と思っていました。
しかし。
油を制するのは油、だそうです。
なんだか妙に納得しました。まさに毒には毒を、ですね。お化粧落とすのも油ですもんね。肉などの良くない油は良い油でキレイにするのが一番だそうです。


つまりどうしようもない恐怖に打ち勝つ特効薬は恐怖だという事です。
清水の舞台から飛び降りたところで、ピアノが上手になる訳ではありません。でも勇気を出して恐怖に向かったという事はまず自分の誇りになります。
そしてそこから恐怖で見えなくなっていた事が少し見れるようになるのです。
私は人前で弾く大切さを、初めて知りました。初めてです。子供の頃から学生時代は弾くのが当然だったから考えた事がなかったし、弾けない状況をこれ幸いとぬくぬくしていました。

ピアノは人前で弾いてなんぼです。きゅうりは食べられてなんぼです。
きゅうりがなったけど苦くて食べられなかった、ではダメなんです。

食べられるきゅうりを育てる、これが人前で弾く大切さです。