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2015年12月31日木曜日

con moto

今日が終われば今年は終わり。
今年を漢字1文字の代わりに音楽用語で表すと「 con  moto 」。

私はもともと静の方が性に合っています。
家にいるのが一番好きです。
でもたまには動かないと、ということで動いてみました。

しかし、いつもの事ながら全部自分のためでした。
人のためのようで結局自分の欲なのが私です。
年齢を重ねた事も体調を崩した事も考えるきっかけになりました。
体調を崩したと100回くらい言ってますが、なにせ元が元気なのでちょっとの事でも大事になります。体の弱い方はいつもこれなんだと思うと今までの自分の傲慢な態度が申し訳なくなりました。そして健康以外でも制約のある中で生きることの厳しさと尊さを感じました。
私は忘れ物に関してはまったく不真面目ですが、生き方に関しては真面目です。


もう少し周囲に優しくならなきゃと思います。
来年は周囲のために「 con moto 」、が目標です。


2015年12月30日水曜日

第九

年末に第九を聴くなんて、なんて久しぶりでしょう!
1月17日のはじめてピアノの会のニューイヤーコンサートにもご出演下さる林田さつきさんがソリストをつとめるMAXフィルの第九に行きました。
素晴らしかったです!
第一楽章からの思いが第四楽章で極まるあの感じが物語ですね。

日本の第九を聴くという習慣、いいですね。
来年も行きたいと思いました。



2015年12月28日月曜日

やるかやらないか

人生やらなくてもいい事って実はとっても多いと思います。
こうしてブログを書く書かないもどちらでもいい事です。
誰かにとってそこまで重要なものじゃないし、書いたからってそこまで得する事もないし、書かなくてもだれも困らないし、私のブログがないからって、餓死する人は1人もいません。

書かなくてもいいだけど書く。
理由は書きたいからです。

向上心と言えば聞こえがいいですが、やはり一種の欲でしょうね。
私はなまけものですが、欲深いので書きたくなるんだと思います。
何かをやらない人は、欲がない優れた心の持ち主なのかもしれません。

ブログを書くのが偉い訳でも書かないのが悪い訳でもないように、他の事もやってもやらなくてもいい悪いはないと思います。


何が言いたいかというと、暮れの大掃除はやってもやらなくてもいい悪いはないってことです。掃除をしたくならない私は優れた心の持ち主かもしれません。










2015年12月25日金曜日

ニューイヤーレクチャーコンサート 

1月17日(日曜日)10:00〜宮地楽器ホール 小ホール 武蔵小金井駅徒歩1分
                1300円 全自由席


「木管楽器ってなあに?〜ピアノと声楽と一緒に愉しもう!」
                           



クラリネット、オーボエ、フルートの3つの木管楽器のしくみや音色の魅力を、ピアノと声楽と共にソロや珍しいアンサンブルでお愉しみいただくレクチャーコンサートです。


「オーケストラの最初のチューニングはなぜオーボエ?」

「クラリネットとオーボエって同じに見えるけど?」

「フルートって金管じゃないの?」

という木管楽器の説明や

「ピアノは何故楽器の王様?」

「楽器のコンサートになんで声楽が入ってるの?


というお話も。
冬のすがすがしい朝のモーニングコンサートです。
どうぞいらして下さい。

















2015年12月24日木曜日

リスト

「生きている愛しき人々を光で照らし、亡くなった愛しき人々を安らかに眠れるようにすること。それが私の芸術の求めることであり、目的なのです」


とリストさんは言っているそうです。
高尚ですね。さすが「巡礼の年」の作曲者です。
しかし若い頃はモテモテのイケメンでやりたい放題だったようです。生き方って変わるものですね。

あれだけのイケメンですから若い頃のやりたい放題は仕方ないのかもしれません。そんな風になったことがないので、チャラいだのなんだの言いたくもなりますが、困るくらいモテちゃったらそうするしかない、というのがあちら側の言い分でしょう。私だって、一億円現ナマで「どうぞどうぞ、ご自由に好きなだけ持って行って下さい。もう好きにして下さい」って言われたら、せっかくのご好意、一万円くらいもらっておきますね。謙虚な私ですらそうです。それが人情ってもんです。いえ、本当は一億全部もらいますが。
ある意味、あちら側は試されています。
あちら側にしてみたら「苦労なくていいよね、そっちは」ってとこかもしれません。

親は心配したでしょうね、どうなることかと。
まさか上記のようなセリフを言うオトナになるとは思いもしなかったはずです。
自分の子供でなくてもそれはわかります。

経験は人を変えます。
しかしその経験を生かす感性や思考力がなければただの出来事で終わってしまいます。
言うなれば経験が人を作っているようで、本当は感性と思考が人を作るのだと思います。
リストさんはやりたい放題しているように見えて、すべてを実として晩年に至ったのでしょう。

流れに乗ることは大事ですが、感性と思考は研ぎ澄ましておきたいものです。




2015年12月22日火曜日

ターニングポイント

私はいつもとても健康なのですが、この間体調を崩しました。
過去に病気になった事もあります。
しかし思い起こせばそれがすべていい意味でのターニングポイントになっています。


今回は大きな病気ではありませんでしたが、普段がとても健康なため色々考えさせられました。私は忘れっぽいしだらしないし雑で大雑把なので誤解されますが、不真面目なわけではありません。とても真面目です。そしてケチです。ケチなので、機会も手間もお金も決して無駄にはしません。だから困難があった時はそれまでの何かを変えたり逆に継続したり普段出来ない決断をしたりします。宗教に走る人もいますが、困難で大変な時にわざわざもっとめんどくさい宗教に入る訳がありません。

今回も考えました。
自分の事、家族の事、仕事の事、余暇の事、老後の事。
今まで見えなかった自分も少し見えました。

最高の神様は自分の胸の内にいる、と以前生徒さんがおっしゃってましたが、その神様の声は忙しく動いていると聞こえません。
ぼんやりと子供の頃のことや好きだったものなどを思い出していたら、普段聞く事が出来ない神様の声がうっすらと聞こえて来た気がします。


2015年12月21日月曜日

光こそ力

一昨日、スターウォーズの最新作を見てきました。
開始時間を間違えてなんとあのオープニングを見そびれてしまいました。。
がっくり。


誰にでもダークサイドへ行ってしまう危険はあります。
ダークサイドには強力に自分を導いて救ってくれる指導者がいます。
うっかり付いて行きたくもなります。
でもダメです。
考えずについていってはダメです。
ダークサイドは自分を利用するだけです。

人は一人です。
人生に困難があると自分を助けてくれるものにしがみつきたくなりますが、ジェダイでも、家族でも救えないことがあります。
しかし闇の中にも光はあると言ってました。
光こそ自分を導いてくれる指導者です。
ダークサイドから自分を守るのはその光だけだと思います。
光こそフォースだと思います。

光はどこにあるのでしょう?
光は自分の内にあるのだと思います。












2015年12月19日土曜日

だから感動する

人はバラバラと書きました。
でもだから人とのふれあいに感動したり感謝します。
それは当たり前のことじゃないから。

そのはずなのにそのことに慣れて当たり前になってしまう。
あげくに、人はバラバラだからみんな違って自分のことなんて誰にもわかるはずがないのに「わかってくれない!」と怒ったり絶望したりする。

人はみんなバラバラで自分の事しかわからない。
人はバラバラで自分が一番かわいい。
だから自分の事を考える。
だから自分のために助け合う。
だから自分のために愛し合う。

それでいいと思います。

2015年12月18日金曜日

日めくりカレンダー

ポジティブ系とネガティブ系の日めくりカレンダー、どちらか買おうかなと見てみました。どちらも楽しくて笑えます。

でもいつも見ていたら洗脳されそうなので購入はしないことにしました。
私のように流されやすい人間は、人の意見や同じ考えを何度も繰り返し聞いていると、すぐにその気になってしまいます。

迷いは誰にもあります。
だから人からのアドバイスは参考になります。
けれど人の話だけで判断したり、それをあてにしてばかりいると自分の頭を使わなくなってしまいます。
自分で考えなくなります。
自分で考えなくなったら今度は考えられなくなります。
思考を止めると洗脳されます。
洗脳は自分にとって良いか悪いかの区別が出来なくなります。
ある人に良くっても自分に良くなければ何にもなりません。

ポジティブ系カレンダーにもネガティブ系カレンダーにも両方に共通しているのは、作者がちゃんと自分の考えを持っている事です。
本当は、ポジティブでもネガティブでもどちらでもいいしどちらでも同じなんだと思います。
大事なのは、自分で考える力なんだと思います。
人は誰でも失敗したくない。
どうしても一回目で正しいことをしたい。
でも失敗するからこそ自分に合うものが見えてきます。
それが自分の人生を歩く力につながると思います。
人の意見を素直に聞くことも書物で学ぶことも大事ですが、一番尊いのは自分で考える事だと思います。


と自分の身勝手を正当化してみました。
ポジティブもネガティブも自分に合ったものを適度に都合良く取り入れようと思います。
















2015年12月15日火曜日

人はバラバラ

「『人間は一人一人バラバラ、だから永遠に分かり合えない』とテレビである哲学者が言っていました」と75歳の生徒さんがおっしゃいました。そして「私もそう思います」と続けました。


最近の流行りの考え方は『人は皆繋がっている』ですから、この考えは今風ではありません。その方は楽しくて親切で明るい方。以前「なぜ怒ったり苛立ったりしないんですか?」と聞いたとき、「人に何も期待してないから」とお答えになって、ああ、そうかっ!て納得しました。
期待はなんだかいい意味で使われますが、ちょっとうさんくさいと私は思っていました。
スポーツ選手に期待したり、子供に期待したりって、なんだか人の力で楽しむみたいなところがあります。期待って簡単なんです。人に夢を託せるから。自分の手で道を拓かなくていいから。自分で考えないですむから。期待は実はとても利己的で他力本願な言葉のようにうっすらと感じていました。


人との交流はとても大事です。
人間関係は音楽でいうなら調和、ハーモニー。一番重要な要素であり、潤いであり美しさです。
けれどその方がそう思ったように、私もその「人間はバラバラ」というものに核心的な真実を感じます。

期待は投げかけている関係。
一方ハーモニーは引き立て合っている。
連弾でも自分のパートをしっかり弾けていなければ相手のパートを引き立てることは出来ない。

人間はバラバラ、だからこそ調和を欲し調和に幸せを感じるのかもしれません。
「人間はバラバラ」と言ってくれた哲学者と生徒さんに何かホッとするものを感じました。











2015年12月12日土曜日

時代とレベル別ピアノ曲

今準備中の「弾ける原曲」講座についてです。

初心者☆、初級☆☆、中級☆☆☆の難易度別のプログラムを時代別にご紹介します。
作っている私たちもとっても楽しくそして更に勉強になってます。
今回、上級の曲はありませんが、音楽史を学んだことがないという上級のかたもいらして下さると勉強になると思います。

なぜ音楽史を勉強するのか。
様式美があるからです。自由なイメージのジャズにだって型があります。クラッシックは歴史が長いのでそれぞれの時代の型=様式を理解することがとても重要なことになります。
そしてもちろん音楽の世界にも政治やジェンダーは影響しています。いつの世も大事なのは「時代」です。

「ロマン派は好きだけど古典派は弾きたくない」「バッハは簡単そうなのに難しい」という話はよく聞きます。これは音楽史から考えると当然のことなのです。ロマン派は直接感情に訴えかける時代。バッハはそれまでの音楽を追求し頭を使う対位法を確立させた人。

音楽史だけでももちろん面白いのですが、それを自分に弾けるくらいのレベルで実感していただき、更に自分で弾きたい曲を見つけ、更にそれを時代的にはどう弾けばいいか理解する、という充実っぷりです。


12月20日 、小金井で。
お待ちしております。

info@hajimetepiano.orgお問い合わせ&お申し込みはこちら














2015年12月10日木曜日

しあわせになりたい

電車の中で女子大生風の2人がお話していました。
「昨日はすごい楽しかったね!また行こうね!」「あそこ美味しかったからまた行きたいね!」「あれすごくかわいいから欲しい!」「気に入ったものに囲まれてると幸せになるよね!」「幸せになりたいね〜」「でも今月はカードの支払いっぱいだから来月かなぁ」「バイトやだな〜、やめたい」

それはもうキラキラ話していましたが、カードの支払からバイトの話にかけてはディミヌエンドぎみでした。
楽しく暮らす、が現代のキーワードでしょう。
「しあわせ」という言葉もそのようですね。
家事も便利になってますます楽しく暮らしたい、幸せになりたいと思う方は増えていくでしょう。

現代は楽しく暮らすを通り越して快楽主義です。
「いやいや、我慢して朝から晩まで働いてるし。我慢して上司や同僚と付き合ってるし」と言う方も多いでしょう。
自覚なき快楽主義ですね。

忙しい。面倒くさい人間関係。やりたくないこと。ストレスがあり過ぎて、快楽でバランスを取っちゃってる気がします。
「自分はこれだけ我慢してるんだからこれはご褒美」と。
私は思います。
快楽のために我慢して働く、我慢して働いた分消費する、飽食するというのは、自分や物や食物を犠牲にしていると。本末転倒だと。

大昔、消費が出来ない頃の幸せってきっと本能を満たすことくらいだったでしょうね。
満腹でなくても空腹じゃなくなったというだけで幸せ。
そうだとしたら、今の日本の人のほとんどが幸せです。
我慢して働いたりそのお金で楽しい体験を買わなくても、本当は幸せなのかもしれません。

と言っても、ピアノだって表向きは自己の向上ですが、それのために他を犠牲にしていたらそれは快楽追求でしょう。
私はこの消費と快楽追求に憤っていますが、流されやすく世間体を気にする性格に加え、自分にとても優しいゆえ、何をどうするわけでもありません。というより完全に享受しております。何も抵抗出来ない本能のままの自分が悲しいです。

人間の欲が底なしなのは本能ですが、底がないのはなんて罪なことだろうとつくづくと、我ながら思うこのごろです。





2015年12月8日火曜日

それだけで美しい

男子フィギュアは高橋大輔選手の引退はとても残念でしたが、日本選手の層は厚く変わらず楽しいです。羽生結弦選手はもう君付けで呼べないほどのカリスマになりました。宇野昌磨選手は初々しくダイナミックで釘付けになります。

でも私はやっぱりパトリックチャン選手のあの流れるようなスケートが好きです。
ジャンプしなくてもそのままでキレイ。
「自分の個性を大事に滑りたい」と言っていました。
シンプルな音楽とシンプルな衣装もチャン選手のその決意を物語っている気がします。
別のところを目指している気がします。

滑るだけで美しい、というのはピアノで言うとスケールだけで美しいということでしょうか?憧れますね。ピアノの音色の最大級の褒め言葉は「転がる」です。
何重にハーモニーが重なってもシンプルな音が響き合う。
私はそんなピアノらしい音が好きです。

もうすぐフィギュアのグランプリファイナル、
日本の選手を応援しつつ、チャン選手の滑りも楽しもうと思います。


2015年12月6日日曜日

原曲を弾こう!

以前はじめてピアノの会で「小さな曲の大きな魅力」というミニレクチャーを、弾き合い会の時にしました。
それが大変好評を頂きましたので、今度は2時間たっぷりの講座として開催します。

今その準備中です。
クラッシックは時代によって弾き方が違うので音楽史を追いながらその時代の特徴をお話しつつ、時代ごとに初心者、初級、中級の方が弾ける知られざる原曲をご紹介します。
音楽史を学びながら知らない曲を知って自分で弾きたい曲も見つけてもらおう!という話です。

なぜ原曲か。
大人の方はどうしても知っている曲の中で選びがち。でも知っている名曲って簡単そうに聴こえるけど、弾いてみるととっても難しくて手に負えない。そこで易しくアレンジしてあるものを選ぶ。でも易しいアレンジは、弾きやすさを優先するばっかりに止むを得ず和声的におかしな音も使わざるをえないのです。

その点、原曲は何百年も残っているだけあって、易しい曲でも作曲家が難しい理論や感性を駆使して作ってある。駄作ももちろんあったでしょうがそれらは長い年月の間に淘汰されています。印刷も出版も高価だった時代、ちゃんと後世に残っているというのはすごいことなのです。なのでピアノを学習している方には、是非ピアノ曲の原曲を弾いて欲しい、という願いが私達にはあります。


講座は小金井、千代田、練馬、松戸で開催予定です。
まずは小金井12月20日日曜日午後。他の地域は日程が決まり次第連絡いたします。
是非お気に入りの一曲を探しにいらして下さい。

info@hajimetepiano.org☜お問い合わせ、お申し込みはこちら

2015年12月5日土曜日

チェルニーが好きになる

子供の頃、チェルニーが大っ嫌いでした。
おまけの丸だけで進んでいました。
なのでチェルニーはやらなかったも同然です。

それが最近チェルニーが好きになりました。
アーティキュレーションでごまかすのでなく、音色や正確なリズムで聴かせるにはこれが必要だとようやくわかりました。大人になった気分です。
歌手でも、へたくそな人に限ってこねくり回して必要ないところで声張り上げたり歌い込んじゃったりします。
私の事です。
恥ずかしくもなくよくやってたと思います。

そして、現代の音楽の洪水の中にいると、古典の機能和声がとっても新鮮で本質だと感じます。

シンプルイズベスト。
音楽だけで聴かせられる音楽。
体を揺らさず顔も変えず(笑)なのに音楽だけでキレイ。

耳を澄ましてチェルニーを弾くと、見栄や虚飾が削ぎ落とされていく気持ちがします。



2015年12月3日木曜日

青春のころ

青春と言われる時代ってけっこう色々な悩みがありますよね。将来のこと思い悩んだり自分のコンプレックスに悩んだり。
でもそれも青春、といいますね。

すがるほどの過去の栄光なんて微塵もない私が最近過去を振り返っているのは、これからどう生きていくのがいいか、未来計画を立てようと思ったからです。

「あの頃人生のどん底って思ったよな〜」と昔を懐かしんでブログを書いたその日に体調を崩して妙な事になりましたが、おかげさまで大きな病気ではありませんでした。お騒がせ致しました。今回お休みしたことで、体や心の弱い方の気持ちが少しわかりました。
偉そうな事言ってて反省しました。すみません。


さて、今回の休養で、現在、未来に対する考えを少しだけ見つめ直せたように思います。
いつもの自分でない自分がやったことが一番自分らしかったということがありました。仕方ないと思ってやっていたことが、一番やってよかったという事もありました。そんな事を思いました。

だから、今一番避けていることが一番望んでいることかもしれませんし、すごくやりたいと思っている事が実はそんなに大切じゃない事だってきっとあります。
見極めと決断が必要です。
自分の事だけでなく周りのことや諸条件も含めて。

あと30年後、生きてたら今の自分をどう思うでしょう?
私の事なので後悔は必ずあると思いますが、それでも「やっぱり良かった〜」と思える過去になるよう、もう少し身の振り方を考えてみよう、と思っています。












2015年12月1日火曜日

最後の一本

なんのことってもちろんきゅうりです。
寝込んでる間に大きくなり11月末に収穫しました。
正確に言うと収穫してもらいました。
最後の一本、自らハサミを入れることが出来ず非常に非常〜に残念でした。
またこちらのブログにアップ出来ず、最後の勇姿をお見せ出来なかったことも残念です。

この夏はきゅうりにすっかり楽しませてもらいました。
その上、食させて頂きました。
半額で購入した一本の苗に30本のきゅうりが実りました。

きゅうりさん、楽しみを、命をありがとう!