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2016年9月26日月曜日

完全な音楽


今は音楽会に行かなくても一流の人の演奏が聴ける時代です。
手軽に日常でクラッシックが楽しめるのはとてもいい事ですが、それによる弊害もあるんじゃないか、と思うのです。

音楽は本番での臨場感や高揚感のほか、微妙な音の狂いやちょっとしたミスの中で「感じる」ものが必ずあります。でも録音で聴く音楽はほとんどが完全な形の音楽。編集されていたり、何回も撮り直したものだったり。

子供の頃からずっと、録音の完全な音楽だけを聞いていると、完全が当たり前になり完全でないものを受け入れられなくならないかなと思ったりします。
もちろん完全を目指すことは必要なことですが、実現となると不可能に近いです。
演奏家は、細部の細部にこだわり地道な練習を積んで極限の緊張の中で自分の完全な理想を求めて演奏会での演奏に臨む。でも100パーセントとは絶対いかない。。これはとっても悔しい。でも実は演奏家もそれはわかっているのです。それを含めて「どう届けるか」にその演奏家の哲学が表れますし、モチベーションでもあります。

ミスをミスでないように演奏し続けるのはプロしかできません。それはある意味聞きどころ。ミス以上のものを届ける情熱が新しい音楽となってその場にいる人同士、その瞬間を共有する。音楽ってそんな風に自然で人間的なもです。
あいにく調律の行き届いてないピアノに当たっても音楽的にカバーして来ている人を精一杯楽しませてくれたり、演奏技術は人並みでもその分エンターテイメントとしてすごく楽しい演奏をしてくれたり、それも音楽の一部。

私はミスや失敗や音の微妙な揺らぎ、それを含めてが音楽を聴くという事だと思います。音楽は時間の芸術と言われますが、「その時の音楽を聴く時間」を楽しむのが本当の意味で音楽を楽しむ事です。

音楽の魅力は正解がないことと、永遠に完全になれない不完全さだと私は思います。
是非、生の音楽を聴きに音楽会に足を運んでください。


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